【オピニオン】”電撃発表”ロズベルグの引退を改めて考える

日本時間の金曜深夜に飛び込んできた、ニコ・ロズベルグの引退発表。ひと晩経って考えてみると、昨夜とはまた違ったモノが見えてきた。

 金曜日の夜に流れたニコ・ロズベルグ引退のニュースは、恐らく世界中のモータースポーツファンを驚かせただろうが、我々メディアは違う意味でショックを受けた。日本には日付も変わろうとする真夜中にニュースが飛び込んできて、年末の金曜日の夜に酒場に繰り出していた我々はその場でニュースに対応しなければならない羽目に陥った。バーのカウンターにコンピュータを広げて、隣の客に嫌みを言われながら原稿を書き上げ、ウェブサイトにアップしたら終電はもう行った後。財布の中身を気にしながらタクシーで帰路を急いだ。

 ジャーナリストは24時間ジャーナリストだと言った強者がいたが、ウェブサイトの編集者も24時間編集者であることを強いられることが分かった瞬間だった。週刊誌や月刊誌なら飛び込んできたニュースをしっかり料理する時間が残されているが、ウェブサイトではそうはいかない。即座に記事にしてアップすることが義務である。義務? そう、ウェブサイトの編集者になった瞬間からニュースの即時アップは義務なのだ。そして、義務は果たさなければならない。

 そんな思いをしてサイトにアップしたロズベルグ引退のニュースを今朝改めて読み直してみると、ショックの大きさは少なからず減少してはいるものの、それを違う角度から見る自分がいることに気づいた。そこには、なぜという疑問とそうかという納得が混在している。そして、一般的に語られるスポーツマンの引退という考察が、あまり意味を持たないものであることも理解出来た。

 スポーツ選手が引退を決めるとき、その選手の気持ちはいくつもの要素によって少しずつ固められてきて、これ以上は考えられないという沸点に達したときに為されるものだ。引退を決める要素はひとつではない。ロズベルグの場合を考えると、念願のタイトル獲得を達成したこと、家族を想う気持ち、この2つが大きな力になって決心を促したといえそうだ。それまでは、家族の後押しがタイトル獲得に挑む彼の大きな支えであったけれど、そのことを強く感じていた彼は同時に家族に対して強い感謝の念を持っており、それがタイトル獲得という悲願を達成したことで明確な形になったと理解していいだろう。そこには、家族からの強要も、事故や死に対する恐怖も存在しているようには思われず、純粋にロズベルグ自身の決断だったと信じる。

 このロズベルグの決断に対し、我々ができることは受け入れることだけだ。引退を撤回して欲しいと懇願するには、彼の決断を覆すだけの理由付けが必要だが、彼を納得させる力など我々にあるはずもない。ましてや、人の気持ちは機械のように整然と動くものではなく、だからこそ我々は彼の決断を尊重し、受け入れることで自らを納得させる必要があるのだ。そして、彼のこれまでに為してきた業績を振り返り、これだけのことを残した人物の決断は第三者の入り込む余地などない、ということを知るのだ。

 彼は1985年に生まれ、21歳になる2006年にF1グランプリにデビュー、2016年に31歳で引退するまで206レースに出走している。成績は優勝23回、ポールポジション30回、ファステストラップ20回、生涯獲得ポイント1594.5点という輝ける記録だ。しかし、ロズベルグがこれだけの成績をあげていることに驚いたのは私だけではなかろう。地味ともいえる彼の性格や生活は、おおよそF1グランプリという華やかで激しい競争の世界に生きる人には見えないばかりか、その世界でも傑出した成績を収めてきた優れた才能の持ち主であると知ることさえ難しかった。改めて彼を評価し、私は自身の見る目のなさにうなだれるばかりだ。

Happy retirement Nico!

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シリーズ F1
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