マッサ独占インタビュー:「僕はまだ若い。引退してから、第二の挑戦を考えなくてはいけない」

イタリアGPで引退を表明したマッサに、Motorsport.com Japanが独占インタビュー。

ーー2002年のデビューレースでインタビューして以来、何度も話す機会がありましたが、これまでずっと変わらず対応して戴いた。F1トップドライバーになっても変わらない。驕らないし、フレンドリーだし。

「ウン、たぶん僕は変わっていない。有名になってお金が入ってくると人間は簡単に変わってしまう。性格も変わって、以前の人格ではなくなってしまいがちだ。でも、僕はそうなりたくなかった。だから、成長する過程でいつも出発点の気持ちを忘れない様に努力してきた。子供の頃のこと、成長してきた足跡、そうしたことを忘れないように努力している。とにかく多くのことを学んだ。一番重要なのは両足をしっかり地面に着けていることだ」

「言えることは僕はレースドライバーという職業を楽しんでいる。大切なのは人間を尊敬することだ。尊敬する気持ちを持っていれば、その人を失うことはない。神に感謝し、人々を尊敬し、足を地面に着け、自らは謙虚でいる。謙虚でいることは非常に難しいが」

ーーあなたのように変わらない人を見ていると、とても優しい気持ちになれる。

「ははは、ありがとう」

ーー引退に関して尋ねます。後押ししたのは肉体的なことですか、精神的なことですか?

「肉体的にはまったく問題ない。あるとしたら精神的なことだろう。例えば良いレースが出来たときには幸せで、その時には好成績が残せ、戦闘力があり、表彰台も優勝さえ可能だ。そういう時には是非ともレースがしたい。でも、そういうことを考え出すということは、たぶんやめ時かなと思う。やめるときだと思う。つまり、人生の時間を考える時期が来たということだろう。この決定は正しい判断だと思いたい。というのは、スポーツ選手の引退は普通の仕事と比べて非常に早いので、その決定が正しいかどうか判断するのが非常に難しいからだ。僕は今35歳。すでに15年レースをしてきて、250戦走っている。250戦というのは凄い数字だ。それだけやってこれたことは誇りだし、幸せなことで、僕の決定は正しいと信じている」

ーーあなたが言ったようにスポーツマンは引退が非常に早い。30代、40代。引退してからたっぷり時間が残されている。

「その通り。だから引退してから、第二の挑戦を考えなくてはならない。若くして辞めるわけだから、それからのことを考えなくてはいけない。僕は第二の挑戦をする準備ができている。違う仕事をするにしても、他の選手権でレースをするにしても。でも、本当にまだ決めかねているので今は具体的なことは言えない。もちろん、僕の中ではアイデアがある」

「たぶん、1年間に5〜6レース戦えたら嬉しい。F1とは違う選手権で自動車メーカーと契約できれば、F1を追いかけてきたクライアントやファンに僕がF1で経験してきたことを通して伝えることが出来、それは当然仕事にもなる。だから、恐らくそういう仕事をしていくと思う。そうすれば、息子と過ごす時間がもう少し増えるし(笑)」 

ーーマーク・ウェバーがフェリペはWECに来ればいいのにって言っていました。

「F1以外のどこかの選手権で走るつもりだ。それは確かだ」

ーーでは、F1参戦15年間を振り返って、人間として得た最も貴重な経験は?

「観客やファンに尊敬されることだが、そのためには、とにかく頑張らなければいけないということ。そのためにはアドレナリンが出ていなくてはいけない。アドレナリンを出して戦わなければいけない。自分との戦いだ。スピードも必要だ。全てが揃っていないといけない。ライバルと戦い、自分と戦う」

ーーそういう考えをベースに、一番の想い出の年を。2008年は僅か1点でタイトルを逃したが。

「最高の思い出はブラジルでの勝利だ。2006年。(アイルトン・)セナがブラジル人としてブラジルGPで勝ってから13年後のこと。最悪の経験は2008年のシンガポールGP。クラッシュゲートだ。2008年のブラジルでは、最終ラップにルイス・ハミルトンが5位に入って僕のタイトルがなくなったけど、あれはレースだった。シンガポールはレースじゃなかった。フェイクだ!」

ーーチャンピオンに今一歩の年を含めてフェラーリで長く戦った。長すぎたとは思わないか?

「たぶん長すぎた。いや、そうじゃないかも知れない。でも、僕は経験したことは全て良い経験だと思っている。何か変えた方が良かったこともあったかも知れない。でも、それは変えられなかった。それで良かったと思う。振り返ってもフラストレーションは感じない。幸せな時間を過ごしてきたと思う」

ーー引退のアナウンスはイタリアGPで行った。その時期に行ったのは特別な意味があるのか?

「ミハエル・シューマッハーが1回目の引退を発表したのが、ちょうど10年前のイタリアGPだということも理由のひとつ。他には、長く一緒に戦ったフェラーリの地元のレースだということ、フェラーリ時代に僕を支えてくれたファンにお礼を言いたかったこと、それら全てが理由だ。だから引退のアナウンスはイタリアGPしかないと考えていた。良いタイミングだったはずだ。 

ーー引退を決めてからも、残りのレースを以前と同じように戦えるものなのか?

「僕は綺麗に辞めたかった。とにかく選手権においてフォースインディアより前に留めたかった。そのためにはできることは全てやる」

ーーホームレースのブラジルも控えている。

「ブラジルも大切だが、ここ日本も含めて全てのレースでベストを尽くしたい。まあ、ブラジルでは感極まるかもしれない。でも、最後のレースになるアブダビも良いレースにしたい」

ーー引退は家族の希望もあったのか? 家族をとても大切にしているが。

「ああ、それもあった。家族は大切だ。家に帰れば僕はドライバーではなくひとりの家庭人だ。しかし、一度F1に乗るとドライバーになる。スイッチを入れたり切ったり。それが普通だと思う。家庭と仕事、それは君も同じだろう」

ーー最後に経験豊富なあなたに聞くのは可笑しいかもしれないが、ヒーローはいましたか?

「二人いた。セナとシューマッハー。あ、もう一人、父親。でも、僕が8歳の頃だったと思う。セナに会ってサインをもらおうとしたら、彼はくれなかった。同じブラジル人ドライバーのピケは良くしてくれたが、セナは知っての通りセナで……」

ーーあなたもピケやセナと同じレベルのブラジルが生んだトップドライバーの一人だと思っている。長い間お疲れでした。

「嬉しいね、そう言ってくれるのは」

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この記事について
シリーズ F1
ドライバー Felipe Massa
記事タイプ インタビュー