【F1】BMWの”エンジン・キング”。ポール・ロッシュ、82歳で死去

BMWで活躍した伝説的なエンジニアであり、数多くのレーシングプロジェクトで成功を収めたポール・ロッシュが亡くなった。82歳だった。

 BMWで活躍した伝説的なエンジニア、ポール・ロッシュが82歳でこの世を去った。

 ポール・ロッシュは1983年ブラバムのネルソン・ピケをF1チャンピオンに導いた、BMWの1.5リッターターボエンジンの開発者として周知されている。

 1934年4月1日にミュンヘンで生まれたロッシュは、大学を卒業した1957年からBMWで働き、当初からロードカーとレースカー用の高性能エンジンの開発に深く関わった。

 1979年から1996年の間、ロッシュはBMWのモータースポーツ部門のテクニカルディレクターを含む、数々の上級職を歴任した。

 現在F1のCEOであるバーニー・エクレストンがかつて所属していたブラバムチームは、1982年からロッシュの携わったBMW製4気筒ターボエンジンを導入。ピケがモントリオールで勝利を記録したなど速さを見せたが壊れやすかった。

 電気系と燃料の改善を施したロッシュのBMWエンジンと、ゴードン・マレーの象徴的なBT52シャーシにより大きなパフォーマンスを獲得した結果、ピケは1983年のF1チャンピオンに輝いた。しかしながら信頼性が足りなかったため、1987年の終わりにブラバムが撤退するまで計8回の優勝にとどまった。1986年にはトールマンを買収したベネトンの初年度にもエンジンを供給。メキシコGPでのゲルハルト・ベルガーの優勝、ポールポジション2回の獲得で成功を収めたシーズンとなった。

 BMW M3ツーリングカーでも世界中で成功。ロッシュはマレーの開発したマクラーレンF1にもエンジンを供給し、1995年のル・マンで初勝利を挙げている。

 彼は1997年に発表されたウイリアムズとのコラボレーションにも深く関わっており、1999年にはトヨタの猛追を振り切ってワークス体制でのル・マン初勝利を挙げている。しかしながら翌2000年には、ウイリアムズとBMWはF1にリソースを集めるため、ル・マンへの参戦から退いている。

 ロッシュは、現在メルセデスF1チームのエンジンチーフとして働いているアンディ・コーウェルにも影響を及ぼしており、彼はウイリアムズと開始したプロジェクトの初期にロッシュと仕事をした。彼はブリックスワースで、現在F1を支配しているV6ハイブリッドのパワーユニットを作る際に、ロッシュから学んだ全てを活かしていると語った。

「ポールは何十年もの経験の中で、何百もの異なるアイデアを見てきたのだろう」と数ヶ月前、アンディは語った。

「彼と私は午後から夜遅くにかけて、ナプキンの上にアイデアをスケッチして過ごした。『これはどうだ、それはどうだ?』というように。彼は私に素晴らしい手引きをしてくれた。彼は『アンディ、まず何から始めればいいと思う?』と訊いてきた。私は『これと、これとこれ』と答えたんだが、それに対し彼は『クーリングシステムを忘れるな。それから始めるんだ』と注意を促してくれた。そうやって彼は私に多くのものを授けてくれた」

「ポールはすごく国際的な性格だった。彼はF1コミュニティとの仕事に多くの時間を費やしていた。彼はF1の文化を理解していた。だから彼とやっていくのはとても簡単だった。F1ではいくらか自分を守らなければならない環境になることがあるが、ポールとは全くそのような感じではなかった。彼は本当に素敵な仲間だった」

 ここにて、motorsport.comはロッシュの家族、BMWでの元同僚、彼のモータースポーツでの多くの友人に対し、哀悼の意を表す。

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この記事について
シリーズ F1
ドライバー Nelson Piquet , Patrick Depailler , Riccardo Patrese
チーム ベネトン , ブラバム
記事タイプ 速報ニュース