【WEC】ハイブリッド総責任者の村田久武、TOYOTA GAZOO Racingの2016年を振り返る

トヨタのハイブリッド総責任者である村田は、ル・マンからアウディ撤退、WECの高い技術、またトヨタ3台目体制について語った。

 今年、ル・マン24時間レースの勝利を寸前で落としたTOYOTA GAZOO Racing。ル・マン必勝を掲げて開発したTS050 HYBRIDは、期待通りの性能を発揮してゴール寸前まで1位を独走していたのだが……

 このTS050 HYBRIDの心臓部パワートレインの開発を指揮する村田久武部長にシーズンが終了したバーレーンで話を聞いた。

——今年は早かったですか、それとも長かったですか?

「今年はあっという間でした」

——全体的に見て低速コーナーの多いコースで速さが足りなかったように思います。

「難しかったのは、ミシュランタイヤを使い切れなかったということかもしれません。今年のミシュランタイヤは使用可能領域が非常に狭く、ダウンフォースが効いていないと性能を発揮してくれない。細かくパッケージを作っていかないと、戦闘力を発揮し続けられない」

——タイヤが使えなくてパワーユニットの性能を路面伝えられなかったということですか?

「単純にパワートレインの馬力だけをいえば年間を通して十分戦闘力はあるが、その馬力とラップタイムがリンクしていないから、良いときと悪いときの差が大きかった。バーレーンでも昼の走行と夜の走行では要求されるダウンフォースが変わってきますから」

——ル・マンに特化したクルマにしました。

「タイヤというよりコースが求める最高速とコーナリングスピード、全9戦では本当にいろいろ求められるものが違うんです。でも、ル・マンだけは極端にダウンフォースが求められない。そのル・マンに合わせてクルマを作ってきた僕らは、正直言ってル・マン以外はずっと苦しかった。ル・マンに近いスパとか富士はまずまずでしたが、そうでないサーキットは滅茶苦茶調子悪かった。そういうコースではコーナーでタイヤが発動しないから、横G出せない。とにかくル・マンに勝つだけが僕らのオーダーだったので、ル・マンにジャストフィットしたクルマを作ったから他が苦しかった。ポルシェはもう少しダウンフォース寄りで、アウディはもともとダウンフォースは大きかったし」

——ル・マンは本当に惜しかった。

「ル・マンに勝てていたらプログラムとしては完璧でした。『そこしか狙っていなかった』と言えたから。世界選手権でル・マンだけ狙っていいのかっていうと、そうじゃないかもしれない。でもいまのWECはル・マンに他のレースがくっついている感じでしょ。もともとル・マンしかなかった」

——ル・マン向けではないモデルの開発は出来なかったのか?

「我々にダウンフォースの大きなクルマを作る能力がないのかと言えばそうではない。言い訳になるかもしれないが、もし予算やスタッフがいまの2倍あれば、ル・マンで見せた性能を持ったル・マン以外のコースに合ったクルマをもう1台作ることが出来る。でも、去年の僕らをみればトップから6秒も遅かったわけで、あれもこれもやって戦力を分散させることの理由が見つからない。だから、ル・マンだけを見て、ル・マンだけに勝てるクルマを作った。それでもスパはほとんど勝っていたし、富士は実際に勝てたわけだから、それほど悲観することでもなかったと思う」

——最終戦はアウディに持って行かれました。

「アウディの最終戦勝利は素晴らしかったですね。彼らの18年間の努力が最後を飾ったということですね。ああいう終わり方ができたのもアウディならではでしょう」

——アウディのスポーツカーレースへの貢献は大きいと思います。WECもアウディがいなければ誕生しなかった。

「アウディは黙々とル・マンに出場して勝ち続けて来た。ライバルがいてもいなくても活動を継続しました。ディーゼルという新しい技術をレースの世界にも持ち込んできた。彼らの働きがル・マンの隆盛の一翼を担ってきたと思います」

——アウディがいたからル・マンは盛り上がり、その盛り上がりはFIAにも色気を出させたということですな。

「FIAはル・マンに手が出せなかった。ル・マンは誰にとっても別格で、ル・マンだけに出たいという自動車メーカーやチームが世界中にいて、僕らもそのひとつだった。僕らは、ハイブリッドという新しい技術を持ち込むから一緒にやろうとル・マンと話していたところに、それを横目で見ていたFIAが、『俺たちと手を組めば世界選手権という肩書きをあげるけど、どうする?』と言って来た。ル・マンもアメリカやアジアでシリーズを組んで独自に世界戦略を狙っていたけどやっぱり無理で、それでFIAと手を組んだわけだ。FIAは世界選手権という価値を作りあげてきたから、それはル・マンにとっても魅力だったと思う」

——いまのWECのLMP1は非常に高度な技術の戦いです。

「これまでの戦いでは、アウディのディーゼルとトヨタとポルシェのガソリンの戦いという構図が出来上がっていますが、やっぱり総合力です。エンジンだけ良くても駄目で、モーターだけ良くても駄目で、蓄電装置も良くないと駄目で、その全体をコントロール出来るECBという制御も良くなくては駄目で、そこにクルマとタイヤ、とにかく全部揃っていないと駄目。これほど高度になった技術で争っているレースだから、新たに自動車メーカーが参入したくても簡単に入ってこられるとは思わない。マツダやプジョー、ヒュンダイなどが興味を持っているらしくてリサーチに来ているけど、簡単には入れない。レベルが高すぎるというより、ここ5年で上がったんだと思う。2012年は、アウディのただのディーゼルに僕らは勝てなかったが、いまは互角に戦える。世界戦という厳しいフィールドは、システムを育てていると思う。僕らは去年から今年にかけて5秒速くした。それは、それだけレベルが上がったということ」

——まさに技術戦争ですね。

「2012年にはアウディのディーゼルという天下無敵のシステムがあって、こいつをぶち負かすんだといって僕らがガソリンとハイブリッドを持って来て、アウディとの距離を一気に縮めていったわけです。アウディもモーター積まないといけなくなったけど、今度はそこに横からポルシェが入って来てレベルをさらに引き上げた。そして、ポルシェが上げたからといってトヨタがまた上げたわけでしょ。これが2012年からの5年間ですが、この間にもの凄くレベルが上がっていると思うんです」

——体力と技術のある自動車メーカーでないと出来ませんね。

「普通はこんなに速く、急速にレベルは上がるもんじゃない。だから僕は世界戦は凄いと思うんです。世界戦というのは、自動車メーカーが会社のプライドや価値や存続を賭けているからです。負けられないでしょ。例えばポルシェなんてトヨタに負けるわけにはいかない。彼らはスポーツカーメーカーで、そのスペシャリティ度でクルマを売っているわけでしょ。それがプリウスに負けるわけにはいかんでしょ。アウディだって一度悪化した経営をモータースポーツで立て直した。それ以降は市販車のレベルも凄く上がった。ディーゼルという新しい概念をモータースポーツに持ち込んだのもアウディです。だから、負けられない。だから、みんな負けられないんです。僕らもハイブリッドという名前では絶対に負けられない」

——現行のレギュレーションが2018年以降も継続とか? アウディの撤退が関係ありますか?

「それは違いますね。さっきも言ったように現在のWECのレベルが高くなりすぎて、このままのペースでトヨタとポルシェが戦い続けると他のメーカーはますます入ってこられなくなる。だからもう少し現状を維持することにしたんでしょう。本当はもっと下げろと言われたんですが、せっかく5年間でここまで引き上げたものをなんで下げられますか、とトヨタとポルシェは反発しました。妥協案が現状維持です。開発費の高騰を止めるためにもレギュレーションを固定することも一案です」

——技術革新はハイブリッドシステムなどの登場が大きいですか?

「エンジン単体でこの先もの凄い技術革新があるのかと言われたら、少しずつの改善はあっても急激なものはないでしょうね。改良が為されて熱効率も上がってきてはいますが、少しずつで、突然100%なんてないから。だから、エンジンでどんなに頑張っても1秒かくらいでしょ。でも、ハイブリッドを載せているから5秒も速いんです」

——総合力が技術革新の要ですね。

「本来の熱効率を上げるというのはエンジン単体であげているけど、それ以外に運動エネルギーとか排気ガスに捨てているとか水に捨てているとか空気の抵抗に捨てているエネルギーを全て拾っているんです。WECは全方位開発です。従来のレースではエンジン開発だけでしたが、いまのWECはそうじゃない。でも、技術が高度すぎて入って来られないと言ってる会社もありますが、そう言ってること自体が駄目だと思う。トヨタはアウディのディーゼルの牙城を崩しに入って行ったでしょ。当時はディーゼルは無敵でした。実馬力で100馬力は違っていました」

——チャレンジャーたれ、と。

「だから、ガソリン全盛時代にディーゼルで勝ってやると言ったアウディもチャレンジャーですよ。そのディーゼル全盛時にハイブリッドで勝ってやると入っていった僕らトヨタもチャレンジャーです。我々は出来るかどうか分からないけどやってみようと思ったんです。出来るかどうか迷っていると出来ないでしょ。空飛びたいと思った人がいたからいま我々は空を飛べているんだし。我々はハイブリッドで勝ちたいと思ったんです」

——もう少しで勝てたんですが。

「そして、とにかくル・マンで勝ちたい。名実ともに勝ちたい。今年はトヨタの年だったよねと言ってくれるけど、トロフィーはないから。今年のル・マンはトヨタのレースだったと歴史に書いてくれるには、来年のトロフィーが必要。来年トロフィーがあれば今年のル・マンは語り継がれると思う。でも、来年トロフィーを取れなかったら今年のことも忘れられます」

——ル・マンに勝つには台数が多い方がいいですか? 3台出すという噂が流れています。

「まだ検討中です」

——3台になるとドライバーのラインアップも大変ですね。

「ドライバーの力量差よりクルマの性能差の方が大きいと思う。素晴らしいドライバーと言われる人でも、クルマの調子次第でタイムも決まるしね。もちろん優秀なドライバーは必要だけど、LMP1に乗るとドライバーも揉まれて速くなります。(小林)可夢偉が、『1年乗ってやっと分かってきた』と言ってた。『やっと噛み合ってきた。どうすればいいかを想像しながらレースが出来るようになった。いま自分は何をしなければいけないのか、次に何が起こるのかというのがやっと分かってきた』って、しみじみと言ってた。日本のGTでも勉強できるけど、それはあくまで勉強で、ここに来て実戦を積まないと駄目だ。ドライバーはクビがかかっているから、みんな必死ですよ。それが世界レベルということなんだね」

——村田さんも強くなった?

「最初来たときはヨーロッパのモータースポーツ界はえぐい世界だと思った。倒れているのに足で踏みつけられて。そこまでやらんでも、って。日本なら、これくらいで止めてやるか、というのがあるけど、こっちではそうはならない」

「でも、踏まれても踏まれてもファイティングポーズとって、そのうち相手にパンチが当たるようになって、たまにクリーンヒットが当たるようになると相手が認知し始めるんです。そうするとリスペクトする気持ちが生まれるんです。つまり、こっちの人が酷いのではなくて、一人前と認めるというか、認知してくれて初めて対等な関係が生まれてくる。そうなるとリスペクトが始まるんです。日本の関係性とは違って、相手を認めてから人間関係が出来る。これまではずっと殴られっぱなしだったので辛かったけど、今年は特にお互いリスペクトしながら戦ったという気がします。そういう社会なんですね。一旦入ることが出来ると居心地がいい」

「今年もル・マンのあとで色々と声をかけてもらって救われました。あとは、ル・マンの刻印が欲しい。それが手に入ればある程度目的が達成出来たことになる。最初のひとつが取れたら、あと10個は取れるかも知れない。最初のひとつが難しい。だから、来年のル・マンは絶対に勝ちます」

【関連ニュース】

2018年の車両規制の変更せず。アウディ撤退が大きく影響したか?

TMGロブ・ルーペン「アウディは素晴らしいレースをした。彼らは勝利に値する」

トヨタ、来季ル・マンでは3台体制か? 2018年の規制変更が影響する可能性あり

ポルシェ「2メーカーでも変わらない。WECの根本を変えないことが得策だ」

LMP2クラスのピポ・デラーニがルーキーテストをトヨタのマシンで参加

Be part of something big

コメント
コメントを書く
この記事について
シリーズ WEC
記事タイプ インタビュー