一時はレースを諦めかけた……トロロッソ・ホンダのアルボン、”復活”F1デビューへ
トロロッソ・ホンダから2019年のF1デビューが決まったアレクサンダー・アルボンは、2012年にレッドブルの育成プログラムから外された際には、レース引退の危機に瀕していたという。
写真:: Mark Sutton / Motorsport Images
来季トロロッソ・ホンダからF1デビューを果たすことが決まったアレクサンダー・アルボンがインタビューに答え、2012年にレッドブルのジュニアプログラムから外されてしまった時には、ほとんどレースを辞めかけていたと語った。
今季FIA F2選手権でランキング2位となったアルボン。彼は当初、ニッサン・e.ダムスのドライバーとしてフォーミュラEに参戦する予定だった。しかしレッドブルは、交渉の末e.ダムスとアルボンの契約を解除することに成功。来季のトロロッソ・ホンダのドライバーに決まった。
アルボンは2012年の四輪レースにデビューした際、レッドブルのジュニアプログラムの一員だった。しかしフォーミュラ・ルノーで思うような成績を残すことができず、すぐにレッドブルのプログラムから外されることとなった。
今回アルボンはレッドブルのインタビューに答え、当時ほとんどレースを辞めるところだったと語った。
「その年は、僕にとってはとても厳しい1年だった。それには数多くの理由があった。僕のリザルトだけが原因じゃない。でもそのことは、僕のレースでのキャリアをかなり難しくした」
2012年の10月、アルボンの母親は逮捕され、懲役刑を受けたという。そのことも、彼のキャリアに影響を与えたそうだ。
「僕は、レースを辞めなければならないという危機に瀕していた。それ以来、僕はドライブする時は常に、印象付けなければいけないということを思い知ったんだ。そして幸運にも、ドクター・マルコ(ヘルムート・マルコ/レッドブルのレーシングアドバイザー)は、僕に2度目のチャンスを与えてくれた」
アルボンが今季F2でレースすることができたのも、ダムスの支援の結果だ。そしてF1加入が決まった際、アルボンはダムスとそのボスであるジャン-ポール・ドゥリオットに感謝したという。
またアルボンにとってF1デビュー唯一のチャンスは、レッドブル・グループのみだったと語り、今季のF2でランキング3位になったことで、マルコの心を動かしたと考えているという。
「僕はF1デビューを決して諦めなかった。僕は、まだ可能性があると信じなければいけなかったんだ」
アルボンはそう語った。
「僕には、資金力がない。だから、F1に行ける可能性はとても小さいと知っていた」
「実際にF1に行く方法としては、トロロッソ/レッドブルくらいしかなかった。しかしみなさんもご存知の通り、マルコ博士に強い印象を与えるのは、簡単なことじゃない」
アルボンはシーズン最終戦のアブダビGP翌日、買い物をしている時に、トロロッソとの契約が完了したことを聞かされたという。
「僕はとても興奮していた。6歳の時から、この瞬間を待っていたんだから」
そうアルボンは当時を振り返る。
「青天の霹靂だったわけじゃない。僕はこの数カ月間、トロロッソに加わることができるように、ニッサン・e.ダムスとの状況を解決しようとしてきたからね」
「でも僕はまだ、F1デビューがついに決まったということを信じられないんだ」
アルボンはF2で4勝を挙げたが、これまでF1マシンをドライブしたことはなく、さらにアブダビGP後のタイヤテストにも参加しなかった。そのため彼は、まだ来季の目標を設定しないと語る。
「各レースの週末に、最大限のことを発揮することだ」
来季の目標について尋ねられたアルボンはそう答えた。
「メルボルンに行く前に、何日もマシンに乗るなんていうことはできない。だから、可能な限り準備するということ、そしてレースごとにそれをすることがとても重要なんだ」
「もちろん、ポイントや上位を定期的に争うことができたらいいだろうね」
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