「ドゥカティ時代は辞めようと思ったことも……」ロッシ、ザルコの境遇に共感を示す
バレンティーノ・ロッシはヨハン・ザルコのKTMからの早期離脱という決定について、ドゥカティ時代の苦境の経験から、同情的な態度を示した。
写真:: Ducati Corse
今季よりKTMに加入したヨハン・ザルコが、2年契約を途中で打ち切り、2019年限りでチームから離脱するというニュースは、MotoGPパドックに衝撃をもたらした。
ザルコは来季の行き先が決まっておらず、なによりMotoGPクラスでのシートを手にするのはほぼ絶望的な状況だ。
彼の苦境は、あるレジェンドライダーの2年間を思い起こさせる。ドゥカティ時代のバレンティーノ・ロッシだ。ロッシは2011〜12年をドゥカティで過ごしたものの、良い結果を残すことはできず、契約を延長することも無く、2013年には古巣のヤマハへ戻った。
ザルコのこうした苦境について、ドゥカティ時代の経験と比べてどうかと訊かれたロッシは、自身は2年契約を満了したことが良かったと話した。
「僕がドゥカティにいた時と少し似ていると思う。なぜなら周囲、そして自分やドゥカティから、競争力をつけ、勝つという期待が寄せられるからだ」
ロッシはドゥカティ時代を回顧して、そう語った。
「だけど残念なことに僕はマシンに良いフィーリングを持てなかった。特にフロント周りにね。恐らくそれはザルコと比較した時には似ているかもしれない」
「こうした状況にいる時、とても難しいことは分かっている。モチベーションを失ってしまうし、レースを始める幸せも失くしてしまう。自分はうまくやれるというポジティブな考え方もできなくなってしまう。既にネガティブな道に入り始めてしまっているんだ」
「特にバイクに乗ることを楽しめなくなった場合、何もかもが困難になる。旅行、外出、ジャーナリストとの会話、そして睡眠すらもね。長い苦難の道に入っているんだ」
「ドゥカティにいた時、何度も(ドゥカティを)辞めようかと思った。でも最終的に諦めなかったのは良い決断だった。もし辞めていた場合、レースに出る事のできるシートは無かったからね。このビジネスで失職するのはとても簡単なことだ」
また、ザルコのKTM離脱は、カル・クラッチロー(LCRホンダ)が2014年にもう1年間の契約を残して当時所属していたドゥカティを離れたこととも似ている。ただ明確な違いは、クラッチローがLCRホンダ加入という選択肢を手にしていたことだ。
「明らかにザルコは彼のレースキャリアの中でも悪い時期にいる。僕らは彼の持つ才能を知っている。彼は表彰台も獲ったこともある、とても、とても速いライダーだ。世界チャンピオン(Moto2)でもある」
クラッチローはそう語った。
「だから無職で出ていくというのは、彼は明らかに絶望した状況だっただろう。彼はレースに来て、ベストを尽くすも速さは無く、楽しくもないようだ……だから、彼が楽しみを見つけられれることを願っているよ。ただ、それが彼の仕事だし、彼の人生だ。それは分かるよ」
「時に、その人が楽しめていないような1年なら、それは厳しいモノになるだろう。ただ、上手く行けば彼は“何かを”見つけ出し、戻ってくることができるかもしれない」
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