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クリス・エイモン死去。享年73歳

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クリス・エイモン死去。享年73歳
執筆:
2016/08/03 9:25

優勝経験のないドライバーの中でも最も優れたドライバーのひとりであったクリス・エイモンは、故郷ニュージーランドで73年の生涯を閉じた。

Chris Amon, Matra MS120B
#2 Ford GT-40 Mark II: Bruce McLaren and Chris Amon
Ford's first win in the 24 Hours of Le Mans, 1966: the winning Ford GT-40 Mark II driven by Bruce McLaren and Chris Amon

 エイモンは、1963年のモナコGPでパーネルからデビュー。イタリアGPでクラッシュし、肋骨を骨折するもチームにとどまり、翌年のオランダGPで初ポイントを獲得した。

 彼は当初、F1で大きな結果を残そうと奮闘していた。その後ブルース・マクラーレンとスポーツカーの契約をし、フォードGT40 Mk.Ⅱをドライブして1966年のル・マン24時間レースで優勝を果たした。これが、彼の最大の功績とも言える。

 この偉業のおかげで、翌年にはエンツォ・フェラーリからチームへのオファーを受けて移籍。この年、チームメイトのロレンツォ・バンディーニが亡くなり、意気消沈するチームに何度も表彰台をもたらした。

 フェラーリでは、彼は優れたスピードを披露し、1968年にはポールポジションを獲得。しかし残念ながら、レースで勝利を挙げることはできなかった。彼自身のミスではなかったが、掴みかけた勝利を逃した時には、周囲が彼を励ますこともあった。

 彼の不運は続いた。ひどく信頼性に問題を抱えていた時に、彼は違う環境でもっといい将来を過ごそうと考えた。しかし、マーチ、マトラ、ティレル、そして1974年に自身のチームから参戦した時でさえ、彼はレースで勝つことができなかった。

 シーズンの終盤には、ウルフが彼に一時的に興味を示していたが、彼はF1から引退することを決め、F1でのキャリアはここで終わった。

 彼は故郷のニュージーランドに戻り、その後は家族の営む農業を手伝った。モータースポーツとは密接に関わり続け、2003年には、マレー・ウォーカーのコドライバーとして一時的にラリーに復帰しただけでなく、テレビや商業面でも活躍した。

 エイモンは、がんとの闘病生活の末、水曜日にロトルア病院で亡くなった。

 家族のコメントは以下のとおりだ。

「ここ数年、彼はがんと闘っていましたが、F1や幅広く様々なトピックに興味を持ち続けただけでなく、彼の素敵なユーモアで周りの人々を笑顔にし続けました」

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この記事について

シリーズ F1
ドライバー Chris Amon
執筆者 Jonathan Noble