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バトン、2009年にトロロッソ入りする可能性があったと認める

バトンは自身の自叙伝で、2009年にトロロッソ入りする可能性があったことを明かした。しかしブラウンGPに加入し、同年王者に輝いた。

バトン、2009年にトロロッソ入りする可能性があったと認める

 ジェンソン・バトンは、10月19日(木)にイギリスで発売される自身の自叙伝「Life of the Limit」で、2009年にトロロッソ入りする可能性があったことを明かした。

 2008年をホンダの一員として過ごしたジェンソン・バトン。しかしホンダが同年限りで突然F1からの撤退を決めたため、バトンは翌年のシートを失うこととなってしまった。そこで交渉を始めたのが、セバスチャン・ベッテルのレッドブル昇格によりシートがひとつ空くことになったトロロッソだったという。

 当時トロロッソは、2009年のレギュラードライバーとしてセバスチャン・ブエミとセバスチャン・ブルデーのふたりを選択した。しかし、そのうちのひとつを得ようと、スーパーアグリの消滅でF1シートを失っていた佐藤琢磨も、トロロッソのマシンでテストを重ねていた。結局佐藤がシートを得ることができなかったものの、バトンも同時期にトロロッソと接触していたことが明らかになったのだ。

 最終的にバトンはトロロッソ入りすることを諦め、ホンダが2009年向けに開発していたマシン、そして施設とスタッフを同社から引き継ぎ誕生した新チームに加入することを選択した。それが、ブラウンGPである。そのブラウンGPは、急遽の参戦だったにも関わらずに強さと速さを発揮し、人々を驚かせた。そしてバトンは6勝を挙げ、同年のワールドチャンピオンに輝いたのだった。

「オプションのひとつは、レッドブルのジュニアチームであるトロロッソでレースをすることだった」

 バトンはそう書いている。

「僕は彼らのことが大好きだった。彼らは素晴らしいスピリットと、考え方を持っていた。でも、彼らのマシンでは、決して表彰台に近づけないだろうということも分かっていた」

「その上、彼らはスポンサーシップという形で、チームの資金を援助することを僕に求めた。それは魅力的なことではなかった」

 また本の中でバトンは、インディ500に参戦するフェルナンド・アロンソの代役として、今季のモナコGPを走ったが、それでも再びF1にフル参戦したいという気持ちは湧き上がってこなかったとも書いている。

「厳しいことだけど、その答えは”ノー”だ」

「僕は予選で9位になった(しかし、エンジン交換のペナルティを受けたため、実際にはピットレーンスタートとなった)。それについては満足している。でもレースでは僕はリタイアだった」

「再び戻ってきたり、自分自身を証明したいというような感触を、経験することはなかった」

 バトンはまた、他にもF1復帰の打診が届いているものの、それらを断ったという。とはいえ最近、バトンは2018年には他のカテゴリーにフル参戦したいという意向を示しており、ル・マン24時間レースへの参戦にも興味を持っているという。

「僕はF1ドライブのオファーを受けた。でも、それに興味はないんだ。将来、何らかのレースはするだろうけどね」

「僕はもはや契約上は縛られていないから、他のカテゴリーでも自由にレースすることができる」

「僕は(2015年にBBCテレビの企画でデビッド・クルサードとともに)ラリークロスを楽しんだ経験がある。スーパーGTにも足を踏み入れてしまった。そしていずれはル・マンでも走ってみたいと思う。やりたいことはたくさんあるんだ」

「ただ、それはF1じゃない。父(ジョン・バトン/2014年に死去)が亡くなったから、そう言うわけじゃないけどね」

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この記事について

シリーズ F1
ドライバー ジェンソン バトン
チーム アルファタウリ・ホンダ
執筆者 Alex Kalinauckas