本文へスキップ

オススメ

F1で頂点に立ったランド・ノリス、過去の自分に言うコトは「もう少し自分を信じて」

F1
F1
Audi launch
F1で頂点に立ったランド・ノリス、過去の自分に言うコトは「もう少し自分を信じて」

ウイリアムズF1、バルセロナでのシェイクダウンテスト不参加を発表。新車FW48開発の遅れで今季初テストに合流ならず

F1
F1
ウイリアムズF1、バルセロナでのシェイクダウンテスト不参加を発表。新車FW48開発の遅れで今季初テストに合流ならず

フェラーリ、2026年型マシンSF-26をフィオラノで早速シェイクダウン。復活目指すハミルトンが走行を担当

F1
F1
フェラーリ、2026年型マシンSF-26をフィオラノで早速シェイクダウン。復活目指すハミルトンが走行を担当

アルピーヌにとってまさに”F1新時代”。メルセデス製パワーユニットを搭載する新車A526発表

F1
F1
アルピーヌにとってまさに”F1新時代”。メルセデス製パワーユニットを搭載する新車A526発表

レーシングブルズ、テクニカルディレクターにファロウズを指名。2024年にアストンマーティンを離脱

F1
F1
レーシングブルズ、テクニカルディレクターにファロウズを指名。2024年にアストンマーティンを離脱

フェラーリF1、2026年のニューマシンSF-26発表。昨年未勝利からの復活なるか?

F1
F1
フェラーリF1、2026年のニューマシンSF-26発表。昨年未勝利からの復活なるか?

強くなったのにどうして……アプリリア、昨年4勝・2位もタイトルスポンサー未だ不在。CEOもガッカリ

MotoGP
MotoGP
強くなったのにどうして……アプリリア、昨年4勝・2位もタイトルスポンサー未だ不在。CEOもガッカリ

パパイヤルールは今年も継続! マクラーレン代表明かす「それが我々の目指す方向性だ」

F1
F1
Audi launch
パパイヤルールは今年も継続! マクラーレン代表明かす「それが我々の目指す方向性だ」

ミハエル・シューマッハーのフェラーリ初載冠から25年……「あの鈴鹿でのレースは、経験してきた中でも最高レベルの1戦だった」

25年前の10月8日、ミハエル・シューマッハーがフェラーリで初めてのF1ドライバーズタイトル獲得を決めた。2000年の日本GPでのことである。

Jean Todt, Team Principal, Ferrari, and Michael Schumacher, 1st position, on the podium

 2000年10月8日、鈴鹿サーキットで行なわれたF1日本GPで、フェラーリのミハエル・シューマッハーが優勝した。シューマッハーはこの勝利で、同年のF1ドライバーズタイトル獲得を決めた。あれから25年が経ったということになる。

 このシューマッハーの載冠は、フェラーリにとっては随分と久しぶりのタイトル獲得となった。実に1979年にジョディ・シェクターがチャンピオンに輝いて以来のことであった。フェラーリの熱狂的なファン、いわゆる”ティフォシ”は、長くその時を待っていた。

 シューマッハーは1994年と1995年にベネトンでチャンピオンに輝き、1996年からフェラーリに移籍。1997年と1998年は、ウイリアムズのジャック・ビルヌーブやマクラーレンのミカ・ハッキネンとタイトル争いを繰り広げたが、一歩及ばなかった。1999年にはシューマッハーがシーズン途中のクラッシュで足を骨折、代わりにチームメイトのエディ・アーバインがハッキネンを追い詰めたが、やはりチャンピオン獲得とはならなかった。

 31歳になったシューマッハーは、2000年には新たなチームメイトとしてルーベンス・バリチェロを迎えた。バリチェロはフェラーリ加入発表時、「僕はナンバー2ドライバーだけど、実際には1Bに近い」と、笑顔で語り、さらに次のように続けた。

「とはいえ僕は間違いなくナンバー2だ。ナンバー1になりたいなんて言うのはおこがましい。チームに入ったのは、ミハエルよりずっと後だ。そのポジションは彼のモノだよ」

「ミハエルは絶対的な世界最高のドライバーではないかもしれないが、”世界最高レベルのドライバーのひとり”であるのは間違いない。そんなミハエルと、自分の能力を比較するチャンス、自分の実力を証明するチャンスだ。それが僕の挑戦なんだ」

 シーズンが始まると、シューマッハーは開幕3連勝。ナンバー1ドライバーとしての立場を確固たるものにした。

 そのままシーズンを圧倒するかに思われたシューマッハーだが、夏に3戦連続リタイア(エンジントラブル1回、1周目の接触2回)を喫し、タイトル争いは熾烈なモノになった。

 シーズン残り2戦となった日本GP、シューマッハーとハッキネンの差は8ポイントであった。シューマッハーがここでタイトルを決めるためには、ハッキネンよりも2ポイント多く獲得しなければいけなかった。

Michael Schumacher, Ferrari F1-2000

Michael Schumacher, Ferrari F1-2000

Photo by: Motorsport Images

 ふたりの戦いは予選から熾烈なものとなった。ハッキネンとシューマッハーは互いに最速ラップを出し合い、シューマッハーは1/100秒ハッキネンよりも速いタイムを記録して、ポールポジションを奪った。

「最終シケインでは、コーナーからの立ち上がりで思ったほど加速できなかった。2番手という結果にとてもがっかりしている」

 ハッキネンはそう語って悔しがった。

 スタートでシューマッハーは、コースを横切るような進路を取り、ハッキネンを封じ込めようとした。しかしハッキネンも黙っておらず、まさに電光石火のスタートを切り、首位に立ってみせた。

 シューマッハーはハッキネンを逃すことなく食らい付き、2回目のピットストップまでその差が3秒を超えることはなかった。この2回目のピットストップ、シューマッハーはハッキネンよりも3周後ろ倒しにしたことでオーバーカットに成功し首位を奪い返した。しかも3周多く第2スティントを走ったことで、給油時間にも大きな差が生じた。

「生涯を通じて、ロス(ブラウン/当時のテクニカルディレクター)の無線を忘れることはないだろう」

 シューマッハーは、2013年にスキー事故に遭い重傷を負う直前にそう語っていた。

「2回目のピットストップを終えてピットレーンを走ってきた時、彼が無線で『良い感じだ、良い感じ!』と言ったんだ」

「僕はとても緊張していた。彼はその後も『良い感じだ』と言うだろうと覚悟していたんだけど、彼は突然『とんでもなく良さそうだよ!』と言ったんだ」

「2回目のピットストップを終えた後では、うまくいくとは思っていなかったんだ。ピットに入る前の2周は、あまりよくなかった。トラフィックにつかまり、スピンオフしたベネトンを抜かなければいけなかったんだ。そしてロスからのその無線メッセージが聞こえてきた。信じられないような思いだった」

「ピットレーンを出た後、トップに立ったことがすぐに分かった。ミスをせず、マシンに問題が起きなければ、優勝は確実だと思った。鈴鹿では、オーバーテイクはほぼ不可能だからね」

Mika Hakkinen, Mclaren MP4-15, Michael Schumacher, Ferrari F1 2000, champion

Mika Hakkinen, Mclaren MP4-15, Michael Schumacher, Ferrari F1 2000, champion

Photo by: Sutton Images

 シューマッハーはハッキネンに1.8秒差をつけてチェッカーを受けた。最終戦マレーシアGPを残して、チャンピオン獲得を決定付けたわけだ。

「チェッカーを受けた瞬間は、信じられなかったよ」

 シューマッハーはそう語った。

「それまでは、喜びを感じる勇気などなかった。絶対に確信を持って、フィニッシュラインを越えたかったんだ」

「後になって、あの瞬間に何を一番強く感じていたのかと、何度も聞かれた。でも、一度も適切な言葉が見つからなかった。この幸せを、どう表現すればいいのか全く分からなかった」

「振り返ってみると、このレースは僕にとって本当に特別なモノだった。タイトルを獲得できただけでなく、非常にハイクラスなレースだったからだ。まさに最高レベルのレースだった」

「40周以上、僕とミカはほぼ同じタイムを刻み、まるで予選ラップが永遠に続くような感じだった。間違いなく、これまで僕が走ったレースの中でも最高の、いや最高のレースのひとつだった。ミカも素晴らしく、僕を限界まで追い込んでくれた」

 シューマッハーはこの年を皮切りに、2004年まで5年連続でチャンピオンを獲得。この5年連続チャンピオンという記録は、今日まで誰も成し遂げていない。

関連ニュース:
 

前の記事 メルセデスが今週末、韓国でデモ走行。東アジアでのF1開催数は少なすぎる? ウルフ代表「盲点だと思っている」
次の記事 FIA会長選挙、現職ベン・スレイエム氏の再選が確定的。各方面から賛否も2期目が盤石なワケ……キーワードは“南米”?

最新ニュース