F1とVR技術の未来図。自由にレースと"繋がれる"日はくるか?

motorsport.comの編集者であるジョナサン・ノーブルは、F1の最新のVR/AR技術に触れ、その将来像について専門家たちに話を訊いた。

 筆者の後ろからは、メルセデスのルイス・ハミルトンがメカニックと共にプラクティス前の最終チェックや、プログラムの確認について話し合う声が聞こえる。

 しばらく経つと、ハミルトンがマシンに乗り始め、ガレージ中に響き渡るエンジン音を轟かせながら消えていった。轟音が消え失せると、次の聞こえてくるのは、ガレージの一角に集まったクルー達の話し声だけだ。

 筆者が立っている場所は、実際のメルセデスF1のガレージではない。アメリカ・テキサス州オースティンのダウンタウンの工業地帯にある暗室だ。

 メルセデスはスポンサー企業であるボーズ(Bose)と提携し、その暗室を『AR(拡張現実)/VR(仮想現実)ガレージ・エクスペリエンス』として一新した。

 被験者はワイヤレスヘッドホンを経由して、バーチャル・ガレージの中を歩き回りながら、様々な音を体験することができる。暗室には光のマッピングが施されており、被験者はそれをたどることで、ガレージの中のどの位置に立っているのかを把握することができる。

 メルセデス/ボーズの企画は、ARとVRを用いることによって、”F1のセールスポイント”を強く訴求することが可能であることや、F1はAR/VR分野との相性が良いことを証明した。

 技術の進歩により、今やVRは黄金期を迎えようとしている。現在、消費者向けに各テクノロジー企業が懸命にAR/VR分野の開発を推し進めているが、本当にF1はそれに対応しうるだけの準備が整っているのだろうか? それ以前に、我々は実際に来場して自分の目でレース観戦をするよりも、自宅でヘッドセットを装着して座りながらレースを”体験する”未来を本当に望んでいるのだろうか?

Bose F1 Garage Experience
Bose F1 Garage Experience

Photo by: Mercedes AMG

ファンが望んでいるのは……

 オーディオ関連会社であるボーズにとって、視覚ではなく聴覚を主軸に置いたヴァーチャル体験を企画することが重要であった。しかし結局のところ、そのプロジェクトを計画する動機は、VR分野を推進させるテクノロジー企業と同じであるといえよう。

 ボーズのグローバルマーケティング責任者であるイアン・マクギボンは、今回の企画に携わるのに際し、F1ファンが望むコンテンツとは、モバイルデバイスが実現できるクリエイティビティを超越した”ユニークなもの”であると説明している。

「消費者は自分の体験を第一に考えている」

「その一方、彼らはステージのカーテン裏にも興味があるのだ。カーテンの裏側にあるシナリオこそ、最高の面白さがあると感じている」

「日頃、YouTubeやFacebookなどで見ているコンテンツも素晴らしく魅力的だろう。しかし結局、人々は実体験を望んでいるのだ。魅力的なコンテンツは今後も増えていくことだろうが、実体験型のコンテンツも同じことが言えるだろう」

 技術が進歩するにつれて、我々が感覚的に生活できるようになっているのは確かだ。もはやコンピューターのキーボードだけが世界と交流する手段というわけではない。

 タタ・コミニュケーションズのF1事業部の代表であるメーユル・カパディアは、次のように語る。

「テクノロジーの革新によって、我々のアクションは自然な感覚で行えるようになってきている」

「iPhoneが誕生したことで、我々は”触る(タッチ)”という感覚に回帰した。その感覚はコンピューターに何かを入力する行動よりも、我々にとってとても自然なことだ。またAmazon社のAlexa(IAアシスタント/機能のひとつとしてクラウドベースの音声認識サービスが挙げられる。Amazon Echoが皮切りとなって海外の消費者に親しまれている)やGoogle(音声認識サービスAPIを展開)が我々の自宅に取り込まれ、音声による入力を行なえるようになった。声を出すことはタッチよりもさらに基本的な感覚だ。このような進歩により、様々な世代の人々にとって、テクノロジーはますますアクセスしやすくなっている」

Virtual Reality experience
Virtual Reality experience

Photo by: FIA Formula E

テクノロジーによる人との繋がり

 我々の”感覚”が、テクノロジー面で活きることになれば、AR/VR分野における音響や映像の実現可能性を拡大させることがますます重要になってくる。しかし、スポーツがこの分野で成功するためには、さらに高度なレベルが求められることだろう。

 フォーミュラEは、VR技術会社Virtually Liveと提携し、レースイベントをVRコンテンツとして再現した。

 そのコンテンツでは、レースを観戦するだけでなく、ピットレーンやホスピタリティユニットで友人と会うことができるという。他にもVIPルームで賭け事に興じたり、スタンドからレースを見守ったり、ドライバーの目線でマシンに搭乗することも可能になる。今年にはそのゲームも配信された。

 そのゲームでファンは、CGI映像(CGの3Dアニメーション)をコントロールし、テレビカメラの死角となる視点や角度からレースをチェックすることができるという。

 Virtually Liveのアドバイザーを務めるオリバー・ウェインガーテンは、VR市場がどの方向性に向かっているのか述べた。

「ヘッドセットの売れ行きが好調であるのを我々は確認している。我々のテクノロジーが消費者に対し早期に受け入れられたことは事実だ」

「また『PlayStation』によって発表された数字(PlayStation VRの売り上げ台数)は非常的に肯定的なものだと言えるだろう」

「我々の信念は、ユーザーが求め、惹きつけられるようなコンテンツを提供することだ。我々はファンがレース週末に会場に訪れ、レースを見るだけにとどまらせたくない。さらにレースに没入できるよう、人との繋がりを提供したいのだ」

Toyota virtual reality
Toyota virtual reality

Photo by: Nikolaz Godet

テレビ媒体の行方

 モータースポーツはジレンマを抱えることになるだろう。現在、実用までにまだ時間がかかるであろうテクノロジーに、投資するのかどうかを決断しなければならない現実に直面している。また、消費者がこれからもテレビでライブイベントを視聴し続けるかどうかを想像しなければならないのだ。

 現状では、自前のVRヘッドセットをレースに持ち込み、芝生の上に座って独自の仮想世界でF1を楽しみたいと思うファンはなかなかいないだろう。

 VRは、日曜日の決勝よりも追加機能として役に立つ可能性が高い。ボーズのマクギボンは次のように述べた。

「F1は伝統的で世界規模のスポーツと言えるだろう。そのようなスポーツは人々がどのようなつながりを持っているのかという要素が重要になってくる。日曜日の午後、F1を見るためにテレビの前に座るという感覚は、未だ市場でも大きく占めているが、今となっては全ての人に当てはまるライフスタイルとは言えない」

「5〜10年後には、テクノロジーとデバイスの間に多くのコネクションが生まれることだろう。その上で、スポーツや音楽は、如何なる方向性をたどるのかを理解していなければならない。例えば、人々がいつでもどこでも必要な時にコンテンツを配信することができたとしても、その機能が欲しいと思うのは私だけで、他の人が望むものは少し違うのかもしれない」

 その意見に対し、タタ・コミニュケーションズのカパディアも、VRは未来を体験するものではない可能性があると口を揃えている。その一方、トラック上のアクションが停止している間は、スポーツへの親和性を高めるツールとして役立ちそうだという。

「例えばサッカー観戦する際、ライブスクリーンは大きな役割を果たす」とカパディアは説明した。

「ファンもテクノロジーを介することによって、実体験の純度を下げたいとは決して望まないだろう。そうでなければ、自宅で観戦するのも同じだ。しかしF1の場合、クルマが自分の目の前を通過するのは一瞬で、再びマシンが戻ってくるまでしばしの沈黙がある。今のF1で、その沈黙を何で埋めようというのだ」

「自宅のテレビでの観戦を好むファンも一定の割合で残るだろうし、まだそれを望む世代の人々もいるだろう。これまでも人々はテレビで観戦する事を望んでいるが、”録画し、別のタイミングで観戦する”という行動へ徐々に移行していると思われる」

「我々はより”相互的で”あることを願っている。我々は、画面から離れている間に何が起こったのか知りたいのだ。昨年の開幕戦で起きた(フェルナンド・)アロンソのクラッシュを見逃してしまったらどうすればいい? 全ての事象がリアルタイムで起こっているわけではないのだ」

「それに、長時間VRを装着していては気分が悪くなるだろうから、90分間ノンストップでVRを見続ける必要はないだろう! VRを使用するのはちょっとした瞬間なのかもしれない」

Bose F1 Garage Experience
Bose F1 Garage Experience

Photo by: Mercedes AMG

テクノロジーの限界

 F1ファンたちがF1がVRに対応する準備ができているのか、そもそも必要なテクノロジーなのか検討するまでもなく、VR/ARテクノロジーがテレビメディアと連携していく計画を止めることはもはやできない。

 現段階では1~2年以内に、ファンが自宅のソファに座りながらオンラインF1レースに参加できるという話も持ち上がっている。

 昨年までのF1のチーフ・テクニカル・オフィサーであるジョン・モリソンは、F1の舞台裏でスポーツとテクノロジーが融合することで提供することができるものと、消費者が実際に望んでいるものを精査する作業を行なってきたと明かした。

 しかし、大きなハードルが立ちはだかっている。それは十分なほど発達したと思われていたGPS機能に関連するという。昨年モリソンは、次のように語った。

「我々はオンボードのインタラクティブアプリケーションを制作し、また2016年バーチャル・グランプリ・チャンネルをスタートさせた。これは一般公開されていないものの、データを活用して、完全に仮想化したレースライブのプラットフォームを我々に提供する」

「しかし、我々が対処しなければいけないもののひとつとして挙げているのは、より正確なマシンのポジショニングを得ることだ。そこで我々は、より正確な測位を得るためも大規模なプロジェクトを打ち立てた」

「そこから2年はかかることだろう。しかし、我々にはcm単位での正確な測位技術を必要としている。そうすることで実際にクルマ同士が接触しているかどうかを判定し、仮想レースに反映することができる。現段階での精度はせいぜい10~20cmだ」 

Fans experience VR
Fans experience VR

Photo by: LAT Images

Netflixのコンセプト

 F1の未来は、ただVRテクノロジーが導入されるだけでないことは明らかだ。様々なタイプのユーザーがいるため、それぞれに対応する必要がある。サーキットで観戦するユーザーがいれば、もちろんラウンジでテレビ視聴することを好むユーザーもいる。また何枚ものスクリーンを展開して、様々な視点からF1を深く楽しむユーザーだっているだろう。

 いずれにせよ、おそらく最も重要なポイントとなるのは、それぞれのユーザーのニーズに沿うことができるコンテンツを配信することだ。

 タタ・コミニュケーションズのカパディアは次のように語っている。

「実体験におけるテクノロジーは、実際のレースと組み合わせるべきなのだ。あらかじめレースの実体験に触れることができれば、そのようなテクノロジーに対し不安を感じることはないだろう」

「クルマの速度が上がれば上がるほど、それは重要なことだ。素晴らしいレースアクションを届けるための最適な手段を考慮すれば、きっとそれは何か一味違うプラットフォームになるだろう。人々に2時間を割いてもらうのはとても大変なことなのだから」

「Netflixはユーザーが望んだものを望んだタイミングで確実に提供することを実現した。その一方で、スポーツ中継は未だ”誰が勝利したのかを知った上で、再度中継を視聴することは本当に面白いのだろうか”という課題に直面している」

 F1の場合、その答えは間違いなく肯定だろう。今まさに、ファンが望むコンテンツを提供するための技術開発は、拍車がかかっている。

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