【完全図解】F1ステアリングホイール進化史:前編〜技術革新の始まり〜
F1のステアリングホイールは、年々進化を続けてきた。そんな進化の歴史を、ジョルジョ・ピオラのイラストと共に振り返っていく。今回はその第1回。
Steering wheel Ferrari 640
Sutton Images
モータースポーツにおいて、ドライバーがマシンを操舵するステアリングホイールは極めて重要なパーツであると言える。このステアリングホイールは技術の進歩と共に、目覚ましい進化を遂げてきた。各チームはより快適なもの、より良い機能が備わったものを開発し、ライバルよりも少しでも優位に立とうとしたのだ。
ステアリングホイールに関する最初の変化は人間工学に基づくもので、ドライバーがより快適に操舵できることを目指したものだった。しかしながらそのカスタマイズのレベルは時代と共に劇的に変化し、現在ではほぼ全てのドライバーがステアリングホイールに独自の特徴を取り入れている。
■セナとマンセル、対照的なドライビングスタイルが対照的なステアリングを生み出した
Steering wheel Mansell, Prost, Patrese, Senna, Berger
Photo by: Giorgio Piola
F1の技術ジャーナリスト/イラストレーターとしても知られるジョルジョ・ピオラはかつて、ステアリングメーカーであるナルディ、パーソナルと協力していたことがある。どちらのブランドも同じファクトリーを拠点としているが、特にナルディはマクラーレンにステアリングを独占供給していたため、ドライバーたちと密に連携して、彼らが望むステアリングを作り出すことができた。
ドライバーごとに異なるそのステアリングデザインは、彼らの個性となるだけでなく、それぞれのドライビングスタイルを示すようなものだった。上の比較写真を見ても、形がドライバーによってかなり異なっていることが分かる。
マシンと格闘するようなドライビングスタイルで知られていたナイジェル・マンセルは、直径が極めて小さい一方で、グリップ部分が太いステアリングホイールを使用していた。スパ・フランコルシャンで行なわれるベルギーGPでは、マンセルがオールージュからラディオンにかけてリムに強い負荷をかけるあまり、リムが文字通り曲がってしまっていた。そのためマンセルには、スパの後に2年連続で新しいステアリングホイールが供給されたのであった。
一方、繊細なドライビングスタイルだったアイルトン・セナは、マンセルとは対照的にグリップが細く、直径の大きいステアリングホイールを使用していた。
いずれにせよ、ステアリングホイールの握り方や使い方の自由度が、彼らがパフォーマンスを最大限発揮するのに不可欠なものであったことは間違いないだろう。ただこういった自由度が、チームを移ることで失われることがある。その最たる例が、1994年にウイリアムズに移籍したセナだろう。
■空力性能を重視したFW16はドライバーの自由度を奪った?
Ayrton Senna, McLaren MP4-8 Ford
Photo by: Ercole Colombo
Williams FW16 1994 cockpit view
Photo by: Giorgio Piola
セナはマクラーレンに在籍している間、非常に自由度の高いコックピットに慣れていた。セナがマクラーレン最終戦にドライブしたMP4-8のコックピット(写真左)と翌年にドライブしたウイリアムズFW16のコックピット(写真右)を比較すると、空力の鬼才エイドリアン・ニューウェイが手掛けたFW16は空力性能を高めるためにステアリングホイールを包み込むような形状となっている。
FW16と先代のFW15Cは、このようなV字型の開口部を持つコックピットを採用していた。これはセナのような径の大きなステアリングホイールを使っているドライバーだけでなく、マンセルのような小径のステアリングを採用しているドライバーさえも、手がコックピットの内壁にかなり近づくような作りとなっている。
■F1に革新をもたらしたフェラーリ640のステアリングホイール
Ferrari 640 steering wheel
Photo by: Giorgio Piola
こちらはピオラが描いたイラストの中でも特に多くの出版物で採用され、有名となったものである。このイラストは、ジョン・バーナードによってデザインされたフェラーリ640のステアリングホイールを描いたもの。フェラーリ640と言えば、それまでHパターンのレバーによるマニュアルシフトが一般的だったF1に、ステアリングホイール背面に設けられたパドルによるシフトチェンジを持ち込んだ革新的なマシンだが、そのシステムの細部がよく分かるようなイラストとなっている。
■クラッチパドルの登場
McLaren MP4-15 2000 Hakkinen steering wheel
Photo by: Giorgio Piola
McLaren MP4-15 2000 Coulthard steering wheel
Photo by: Giorgio Piola
こちらはマクラーレンで6シーズンにわたってコンビを組んだ、ミカ・ハッキネンとデビッド・クルサードのステアリングホイールを比較したものである。
マクラーレンは1994年に、クラッチ機能が備わったステアリングホイールを他のチームに先駆けて搭載した。1998年シーズンにはパドルが計4つとなり、上部のふたつのパドルでギヤチェンジ、下部にあるふたつのパドルを使ってクラッチをコントロールしていた。
1993年からチームに在籍しているハッキネンはこのアプローチを長い間経験しており操作に慣れていたが、1996年にウイリアムズから移籍してきたクルサードはハッキネンとは異なる形状のステアリングホイールを採用してフィーリングを向上させた。実際、このフィーリングは異質なものであったため、マシンにはパドルの反応が十分でなかった時のための細いクラッチペダルも搭載されていた。
また、ハッキネンがいわゆるバタフライ型のステアリングホイールを採用していた一方で、クルサードはステアリングホイールの下部のグリップ感を重視したようなデザインを採用していたことも興味深い。
■ディスプレイの登場
Ferrari steering wheel
Photo by: Giorgio Piola
ステアリングホイールの複雑さは時代と共により顕著なものとなっていき、ボタンやスイッチ、ダイヤルなどを駆使した多くの新機能が搭載されていった。1996年には、フェラーリが初めてディスプレイを搭載。これによりドライバーは、ダッシュボードを見ることなく、回転数やラップタイムなど、多くの情報を迅速に確認することができるようになった。
■シフト操作をひとつのパドルで
Steering wheel Villeneuve 1997 Kubica 2019
Photo by: Giorgio Piola
通常、パドルシフトは右のパドルでシフトアップ、左のパドルでシフトダウンをするのが一般的だが、ジャック・ビルヌーブは非常にユニークなアプローチを採用していた。彼は右側にあるパドルのみでシフト操作ができるような仕様にしており、パドルを押し込むとシフトダウン、パドルを引くとシフトアップされるようになっていた。そして左側のパドルをクラッチ専用とすることで、ホイールにあるパドルの数を減らし簡素化することに成功した。
このビルヌーブのアプローチを模倣したのが、昨年F1復帰を果たしたロバート・クビサだ。彼はラリー事故によって負った怪我の影響で手の動きに制約があるため、それに合わせてパドルの組み合わせをカスタマイズしていた。
■“皇帝”のステアリングにもこだわりが
Ferrari F2005 steering wheel
Photo by: Giorgio Piola
ミハエル・シューマッハーも、ビルヌーブと似たようなアプローチでパドルの配置を変更していた。
ただシューマッハーの場合はひとつのパドルに複数の機能を持させるというよりも、手のポジションなどによってシフトアップ、シフトダウンの操作を決められるようなものを採用していた。
■6つのパドルを駆使していたジェンソン・バトン
Brawn BGP 001 2009 Button steering wheel rear view
Photo by: Giorgio Piola
Brawn BGP 001 2009 Barrichello steering wheel rear view
Photo by: Giorgio Piola
こちらは2009年にダブルタイトルを獲得したブラウンGPのジェンソン・バトンとルーベンス・バリチェロのステアリングホイール。バトンのステアリングホイールには6つのパドルが装備されているが、バリチェロのパドルは4つとなっている。
バトンのステアリングホイールをよく見ると、最上部にあるパドルの方が、ひとつ下にあるパドルよりもステアリングホイール本体に近い。バトンは距離の異なる2種類のパドルを状況に合わせて併用していたようだ。
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