インタビュー
F1 日本GP

マイナス100からのリスタート。小松礼雄が振り返るハースF1再建の道「2021年を捨てるという決断は自明だった」

今季シーズン開幕後から注目を集めたハースF1の再起。昨シーズンを棒に振る選択肢を敢えて選択し、新規定導入の2022年に賭けたハースの大胆な戦略をその中心人物のひとり、小松礼雄が語った。

Ayao Komatsu, Chief Engineer, Haas F1, Guenther Steiner, Team Principal, Haas F1

 F1は、2022年シーズンからテクニカルレギュレーションを刷新。ウイング類で多くのダウンフォースを稼いできた従来のマシンから、フロアから多くのダウンフォースを得る”グラウンドエフェクトカー”へと変貌を遂げた。

 2009年のブラウンGPやレッドブル、2014年のメルセデスなど、F1の歴史を振り返ると、こうした大きなレギュレーション変更を機に戦闘力を向上させるチームの存在は珍しくない。これらの事例は、レギュレーション改定向けて膨大な準備をしてきたが故の躍進だった。そして今年を例に取ると、ある意味ハースF1がそれに該当すると言えなくもない。

 2016年からF1へ参戦したハース。2018年にコンストラクターズランキング5位を獲得するなど新興チームとしては早期の躍進を見せたが、2019年からはパフォーマンスが急落しランキング9位へ。2020年も9位と再起の兆しは見えてこなかった。

 しかし2021年、チーム代表のギュンター・シュタイナーは大胆な作戦に打って出る。それは新型コロナウイルスの蔓延拡大によって2022年へ延期された新レギュレーションに向けて、2021年シーズンを全て捨てるという選択だ。2021年は参戦こそすれ、その年のアップデートは無し……マシン開発は全て2022年以降に向けたモノとなった。

 ただ一年間苦汁を舐め続けた甲斐あって、2022年シーズンは開幕戦バーレーンGPからケビン・マグヌッセンが5位入賞。チームメイトのミック・シューマッハーもイギリスGPでキャリア初入賞を果たすなど、日本GP終了時点ではコンストラクターズランキング8番手となっている。

 こうした結果から2021年シーズンを捨てるという選択は間違っていなかったと思うか、そうハースF1のチーフエンジニアを務める小松礼雄に訊くと、彼は次のように答えた。

「去年のクルマっていうのは、2020年から開発をやっていなかった訳です」

「その時点でかなり辛いところにいて、2021年初頭にやっとスタッフが入って、チーム存続となりました。そこから2021年に挽回しようと言っても、入賞圏内までは取り戻せないんです。それだけの労力、お金を使えばチャンピオンシップに影響が出るかと言うと、答えはそうじゃありません。やっている方は辛くても、ムダなことをしてはいけない……その(2021年シーズンを捨てるという)判断は明らかでした」

「2021年はまず、ゴチャゴチャに壊れたチームの体制を2年くらい前のレベルにまで戻すところから、つまり僕らのチームはゼロからではなくマイナス100くらいからスタートしました」

「2021年の全部を捨てても、2022年最初からすごく戦闘力を発揮できるところにまでは行かないんです。それでも冬季テストであれだけの速さがあったというのは、間違った方向に開発していなかったという証明なので、それは良かったです」

 サスペンションなどのトランスファブル・コンポーネント(TRC)をフェラーリから購入することで開発コストを抑えるというチーム戦略を採っているハース。チームは再建の一貫として、パワーユニットサプライヤーでもあるフェラーリとの関係を強化し、フェラーリの拠点があるイタリア・マラネロに「ハース・ハブ」を設置。予算制限レギュレーション導入によってあぶれたフェラーリのスタッフが、2021年からハースへとやってきた。

 その彼らの視点も、目の前の2021年ではなく2022年を向いていた。

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「正確な人数は忘れましたが、30人程度の社員がフェラーリから移ってきました」

 そう小松は言う。

「でも、2021年初頭に入ってきた彼らが即戦力になるかと言われたら、そうはならないんです。一番大きいチームから、一番小さいチームに来ているんですから」

「メール一本打てば受け取った10人がパパっとやってくれる組織から、メールを書いてもやってくれる人が誰もいない、自分でやらなきゃいけない組織に来た訳です。彼らはそれに慣れる必要がありました」

「そういう意味でも、2021年にその年のマシンなんかを開発している暇はなかったんです。まだやっている途中ですが、グチャグチャな組織を何とか戦える軍団にしていかなければいけませんでした」

Mechanics unload the damaged car of Mick Schumacher, Haas VF-22, from a flat bed truck after FP1

Mechanics unload the damaged car of Mick Schumacher, Haas VF-22, from a flat bed truck after FP1

Photo by: Andy Hone / Motorsport Images

 ハースは今年、シーズン序盤こそ速さを見せたものの、シーズン中盤、そしてシーズン後半戦ではポイントを獲得できないレースが続いている。シューマッハーはサウジアラビアGPの予選、モナコGP決勝レースと2度に渡りマシンが真っ二つになるほどのクラッシュを経験。日本GPでもフリー走行1回目でシューマッハーがクラッシュし、シャシー交換を強いられている。

 他チームがスペインGPなどで大型アップデートを持ち込む中、ハースはクラッシュの影響もあり、ハンガリーGP以降の1回のみに留まっている。

「出だしは思った以上に良かったですよね。ただ、そこから噛み合わない部分があったり、つまらないクラッシュでポイントの取りこぼしがあったりしました」

 そう小松は続ける。

「やはり、僕らのチームはまだ再建の途中で、アップデートも常に入れていける訳でもありません。チームの再建をしながら、バランスを取りつつクルマを良くしていっています」

「御存知の通り、大きなアップデートは1回しか投入できていません。しかもスペインGPでは何も入れれませんでしたし、ハンガリーGPで1台とタイミングはかなり遅れてしまいました。いい意味で言えば、一回しかアップデートしていないのに、まだポイント争いができているというのはポジティブだと思います」

「サウジアラビアGPとモナコGPのあの大きなクラッシュは、アップデートのタイミングやその数にも影響しました。本来であれば、もっと早くに投入できました。もう2回とは言わないけれど、少なくとももう1回アップデートができる可能性がありました。そこは痛かったですね」

「でも、前戦シンガポールGPのウエットの予選でもケビンが9位に入ったりと、トリッキーな予選でもチーム運営の面では良くなってきています。持てるモノを出すという点に関しては、悪くない状況だと思います。ご覧になって分かる通り、FP1の後すぐ予選となったスプリント形式のオーストリアGPでも結果を残せるようになったので、改善してきている所はあります」

「しかし次の段階に行くためには、風洞からデザイン、制作、そしてサーキットへ持ち込むというサイクルをもっと早くしていく必要があると思います。レースへ来るまでの準備段階で非効率な所は、まだまだ残っています。そういう所をどんどん良くしていかないと、もっと前の方で戦えないと思います」

「去年なんかは、しょうがない、戦えないシーズンだと分かっていましたから、その点ライバルと戦えることはすごく嬉しいです。ただ常に、次はどうしようかと考えています」

Kevin Magnussen, Haas VF-22

Kevin Magnussen, Haas VF-22

Photo by: Sam Bloxham / Motorsport Images

 2022年は時折光る速さを見せてきたハース。その要因を尋ねられた小松は、小規模チームだからこそ”ギャンブル的”とも言える攻めたセットアップや戦略に打って出るアプローチを採っていることが関係していると明かした。

「僕らには直さなきゃいけない効率の悪い所がまだいっぱいあるんですが、(マシン開発で)フォーカスする部分は結構合っていると思うんです。ただ、合っていても頭数が足らなくて思ったようにできないという側面があります」

「全員が全員能力が高い訳ではありませんが、要所には結構能力の高い人物が、少なくてもしっかりいます。ただ、他のチームに空力エンジニアリング部門で10人優れている人がいたとすれば、僕らのチームには3人くらいしかいなかったりする。間違った所に目線は行っていないのですが、小さいチームなので命令系統でもムダなくシンプルにやっていかないといけません」

「その点は、ある程度できていると思います。ミーティングのやり方や数、金曜日夜のフリー走行のデータの処理の仕方など、大きなチームに比べてとにかくアグレッシブに、ムダがないように切る所を切ってやっています。色んなことはできない訳ですよ。だから自分たちで考えて、この方向しかないと決めたら、それで行くんです」

「10個やりたいことがあったとして、メルセデスとか大きいチームが7~8個やれるとしたら、ウチらは2~3個しかできません。だからそこにフォーカスするんです。目も当たられないくらい大きく外すことはありませんしね」

 一方で、2022年シーズン用マシン『VF-22』の弱点について小松は「クルマのバランス」を挙げている。ただ、今年話題となったフロアでのダウンフォース量の変化によってマシンが上下に振動する”ポーパシング”については、比較的早い対応により問題を解決できたと言う。

「ポーパシングは冬の走り始め、フィルミングデーでもう問題が出て、そこからの対応は早かったんです」と小松は言う。

「ポーパシングを徐々に消していくというよりも、パフォーマンスを失ってもいいからとにかく問題を解消して、そこからパフォーマンスを取り戻す方法を採りました。そのやり方はすごい良かったと思います。問題を引きずることなく、よく対応できました」

「ただそれよりも、低速域と高速域のクルマのバランスの違いが問題でした」

「ウチのクルマは低速域ですごいアンダーステア、高速の進入ではオーバーステアが出るんです。スピードトレースで見てみると、高速コーナーでは大きな違いが出ているようにも見えますが、早く過ぎる分ラップタイムへの影響はあまり大きくなかったりするのですが、逆に低速域でアンダーステアが出てしまうとトラクションもかからないので、かなりラップタイムを失います。その問題を潰しきれていないというのは、一番の問題だと思います」

 

 

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