実現しなかったアイルトン・セナのフェラーリ加入。ホテルでの“密会”をジャン・トッドが語る「彼は1994年に加入したいと望んでいた」
ジャン・トッドは、アイルトン・セナが1994年にフェラーリに加入することを望んでいたものの、契約の関係で実現しなかったと語った。
1994年、F1サンマリノGPでの事故でこの世を去ったアイルトン・セナ。6シーズンを過ごしたマクラーレンからウイリアムズに移籍した矢先の悲劇であったが、実はセナはウイリアムズではなくフェラーリに加入する可能性があったことが知られている。
その時のエピソードについて、当時のフェラーリでチーム代表だったジャン・トッドが、ハイ・パフォーマンス・ポッドキャストの中で語った。
ラリーや耐久レースの世界でプジョーを成功に導いたトッドは、1993年からフェラーリに加入すると、長年王座から遠ざかっていたチームを再建し、2000年代にはミハエル・シューマッハーと共に黄金時代を築いた。しかし、その再建計画の初期段階には、セナを獲得するという構想があったのだ。
当時のことを、トッドはこう振り返る。
「あの時のフェラーリはまったく成功できておらず、チームを立て直せる人物を強く求めていた」
「私の名前が挙がってから実際に会うまでにも時間がかかった。というのも、私としても非常に困難な挑戦になると感じていたからだ」
「皆が私に『あそこには行くな。2年ももたないぞ』と言っていた。それにF1での経験もなく、ましてやイタリア人でもない人間を起用するということも、フェラーリにとっては大きなことだった」
「しかし長い話し合いの末、私は加入することになった。1992年の8月に始まった話し合いは、1993年の3月にようやく決着がついた。そして最初に話をした“夢のドライバー”こそがアイルトン・セナだった」
「1993年、モンツァでのグランプリの時だ。彼は同じホテルに泊まっていて、私の部屋に来たことを覚えている。そして夜通し、フェラーリ加入について話し合った。彼はフェラーリに来たいと思っていたんだ」
セナは翌1994年のフェラーリ加入を希望していたという。しかしフェラーリは同シーズンに向け、既存の所属ドライバーであるゲルハルト・ベルガーとジャン・アレジと既に延長契約を結んでおり、移籍は実現しなかった。
「彼は1994年に加入したいと望んでいたが、94年はゲルハルト・ベルガーとジャン・アレジとの契約があったため、94年は無理だと伝えた」とトッドは言う。
「もっと言えば、その時点ではチームもまだ準備が整っていないし、既に契約もあるのだと伝えると、彼は『F1では契約は重要じゃない』と言った。でも私にとって契約は重要だった」
「彼は94年に移籍したがっていた。それでウイリアムズに行ったのだ。我々は94年も同じドライバーを起用しつつも、再建を進めていた」
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