本文へスキップ

オススメ

ル・マン24時間レースがタダで見れる! ABEMAが24時間完全無料生中継

WEC
24 Hours of Le Mans
ル・マン24時間レースがタダで見れる! ABEMAが24時間完全無料生中継

「ペナルティはフェアじゃない。2位は僕のモノだ」ジョアン・ミル、カタルニアGP表彰台喪失に苛立ち

MotoGP
「ペナルティはフェアじゃない。2位は僕のモノだ」ジョアン・ミル、カタルニアGP表彰台喪失に苛立ち

レッドブル、カナダGPはマイナーアップデート「このパッケージの性能を試す良い機会」

F1
カナダGP
レッドブル、カナダGPはマイナーアップデート「このパッケージの性能を試す良い機会」

ミック・シューマッハー、初のインディ500は27番グリッドから。佐藤琢磨ら頼れる仲間も多く「自分にとってベストな情報を取り入れられたら」

IndyCar
110th Running of the Indianapolis 500
ミック・シューマッハー、初のインディ500は27番グリッドから。佐藤琢磨ら頼れる仲間も多く「自分にとってベストな情報を取り入れられたら」

フォード、F1のV8エンジン復活に前向き「我々は非常に幅広い選択肢を持っている」

F1
フォード、F1のV8エンジン復活に前向き「我々は非常に幅広い選択肢を持っている」

ストロール、アストンマーティンの明るい未来を信じる「苦しい時期もトップレベルのF1チームを築く過程の一部」

F1
カナダGP
ストロール、アストンマーティンの明るい未来を信じる「苦しい時期もトップレベルのF1チームを築く過程の一部」

MotoGP、スペアバイク廃止の可能性。2027年の新レギュレーションで1台体制に?

MotoGP
MotoGP、スペアバイク廃止の可能性。2027年の新レギュレーションで1台体制に?

無限ホンダ初優勝の大荒れモナコGPから30年。パニスが当時を回想「朝起きると雨が降っていて声が出た」

F1
Monaco GP
無限ホンダ初優勝の大荒れモナコGPから30年。パニスが当時を回想「朝起きると雨が降っていて声が出た」
F1 バルセロナ シェイクダウンテスト

クルサードが語るアイルトン・セナの魅力……その進言がなければF1での活躍はなかった?「アイルトンがすべてのチームで成功したのは偶然じゃない」

デビッド・クルサードは、アイルトン・セナのサポートがあったことが、自身のF1でのキャリアの扉を開くきっかけになったと語った。

Ayrton Senna, Adrian Newey and David Brown, Williams

 元F1ドライバーのデビッド・クルサードが、故アイルトン・セナが自身のキャリアに与えた影響について語った。

 クルサードは1993年の国際F3000に参戦。同年にはウイリアムズとベネトンでテストドライブも担当した。そして1994年には正式にウイリアムズのテストドライバーとなったが、同年のサンマリノGPで当時ウイリアムズのレギュラードライバーだったセナが事故死してしまう。クルサードはその代役として、スペインGPでF1デビュー。初戦こそリタイアに終わったが、2戦目のカナダGPでは5位入賞を果たした。

 ただ当時ウイリアムズにエンジンを供給していたルノーの圧力もあり、フランスGPではナイジェル・マンセルに交代。イギリスGPから再びクルサードがステアリングを握ったが、終盤3戦では再びマンセルにシートを譲ることになった。

 クルサードはポッドキャスト『レッド・フラッグス』に出演。当時のことを振り返った。

「後なって、ジュリアン・ジャコビに聞いた話なんだ。彼は僕がIMGのマネジメントを受けるようになった頃にはIMGにいて、後にアイルトンの個人マネージャーを務めるようになった人だ」

 そうクルサードは語り始めた。

「アイルトンは僕と一緒に数日間テストを行なった際、僕がやっていることを見たり聞いたりして、自分の好みに合うかどうかを見極めようとしていたらしい」

「アイルトンはジュリアンとフランク(ウイリアムズ)と話をして、僕にはF1でのチャンスを与える必要があると言っていたことは知っている。それがフランクがリスクを負い、グランプリ出走経験のあるドライバーを複数人起用してシーズンを終わらせるよりも、僕のような経験の浅いルーキーを起用した理由のひとつだったのは間違いない」

「僕がここにいるのは、アイルトンが亡くなったからだけでなく、彼が亡くなる前に言った言葉のおかげなんだ。もし彼が、僕のことを『使えない野郎だ』と思っていたら、僕はレーシングドライバーとして、グランプリコースを走ることはなかっただろうね」

 クルサードはセナが成功した理由について、トールマンやロータス、マクラーレン、そしてウイリアムズのどのチームであっても、チームメンバー全員のことを深く理解しようとしていたからだと語った。

「彼はチームメンバー全員のこと、そして彼らの役割のことを非常によく理解していた。そして全員が何をしているのか、なぜそこにいるのかを知りたがっていたんだ。そうすることで、彼らがチームの一員であるべきかどうかを判断していたんだ」

「チームは全員が支え合っていて、チーム内では政治的な駆け引きは行なわれない」

「偉大なチームが勝っている時は、結束が強まり、情報が漏れるようなこともない。逆に勝てなくなった時には、責任転嫁が始まり、駆け引きも始まる。その時こそ、チームの崩壊が露呈してしまう。アイルトンは、チームをひとつにまとめる術を知っていたんだ」

「彼が所属したすべてのチームで成功を収めたのは、決して偶然じゃない。そしてアイルトン・セナという名前は……フェラーリが自動車業界で最も認知度の高いブランドであるように、この世界で最も認知度の高い名前のひとつではないだろうか。後にさらに多くのタイトルを獲得した、(ルイス)ハミルトンや(ミハエル)シューマッハーよりもね」

「そのことは、彼がどれだけ特別なドライバーだったのかということを物語っている。セナや(アラン)プロスト、そしてマンセルといったドライバーたちと、それぞれ異なる理由で一緒に仕事ができたことは、僕の人生において大いに特別なことだったと思う。しかしセナには優雅さがあった。品格があった。魅力的だと思わない方が難しいくらいハンサムだったんだ」

関連ニュース:
 

前の記事 セルジオ・ペレス、レッドブルで苦境に喘ぐ中”超高額”心理学者の助言が役に立ったと明かす「でもチーム全体が敵対している感じだったから……キツかったね」
次の記事 ルイス・ハミルトン、41歳の誕生日。フェラーリ2年目に向け「今こそ変化の時」とメッセージ

最新ニュース