【F1】ニースに”ジュール・ビアンキ通り”が誕生。その栄光を称え

2014年に日本GPでクラッシュし、その翌年の7月17日に亡くなったジュール・ビアンキの名が、ニースの通りにつけられることが分かった。

 雨に見舞われた2014年の日本GPで、マルシャ(現マノー)のマシンを駆っていたジュール・ビアンキは、ダンロップコーナーを登りきったところでコースアウトしてしまう。しかし、彼がコースを飛び出してしまった場所では、リタイアした他車を撤去するために重機がグラベルに入っており、ビアンキはそこに突っ込んでしまった。

 ビアンキはこの事故で頭部に外傷を負い、懸命な治療の甲斐なく、翌年7月にこの世を去った。

 1989年にフランスのニースで生まれたビアンキ。その彼の栄誉を称え、このニースの「rue du Sapin」通りが彼の名に置き換えられるという。ニースの市長であるフィリップ・プラダールと、ニース都市部の代表であるクリスチャン・エストロジが、16日に発表した。

 ニースはビアンキに最大限の敬意を払い、スポーツ関連では特に重要とされるサン・イシドール周辺にある、この「rue du Sapin」通りに名前をつけることを決めた。そして、1月23日に記念式典が行われる予定となっている。

 ニースではここ最近、スポーツで偉業を成し遂げたニース出身の選手を讃える事業が多く進行している。例えば昨年は、オリンピックで3度メダルを獲得しつつも、2015年にヘリコプターの事故で急逝したカミーユ・ムファの名が通りにつけられている。

 またフランスのレーシングチームであるテック1レーシングは、ユーロカップ・フォーミュラ・ルノー2.0に参戦する4台のマシンにロゴを貼り付け、若いカートドライバーたちを支援するジュール・ビアンキ・ソサエティの活動を手助けするという。ビアンキはF1昇格前、このテック1レーシングでフォーミュラ・ルノー3.5を戦っていた。

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この記事について
シリーズ F1
ドライバー Jules Bianchi
記事タイプ 速報ニュース