日本GP開催中止を受け、F1ドライバーたちがコメント。ガスリー「ホンダと最後の”お祝い”をしたかった」
2年連続での開催中止が決まった鈴鹿サーキットでのF1日本GPについて、F1ドライバーたちがFIA公式会見で発言。鈴鹿、そして日本は素晴らしい場所だと口を揃えた。
写真:: Mobility Land
鈴鹿サーキットでの開催が予定されていたF1日本GP中止決定を受け、様々なドライバーたちが想いを語った。
ベルギーGPの走行開始を翌日に控えた木曜日(8月27日)、各ドライバーはFIAの公式会見に臨んだ。その中で、先日中止が決まったF1日本GPについて、複数のドライバーに質問が投げかけられた。
レッドブルのマックス・フェルスタッペンは、今季限りでF1活動を終了するパワーユニットサプライヤーであるホンダの母国で、最後のレースができないことを悔やんだ。
「もちろん、僕らとしては日本GPが開催されることを望んでいた。僕らはホンダとの最後の年だ。だから一緒にプッシュして、素晴らしい形でその関係を終わらせようとしていたからね」
フェルスタッペンはそう語ると共に、鈴鹿はいつ走っても素晴らしいコースだと改めて語る。
「コース自体も、ドライブするのは素晴らしいことだ。ファンのみんなも、F1に大きな情熱を注いでくれる。だからそんな鈴鹿に行けないなんて、確かに悲しいことだ。来年はいつもと同じような形で戻ってこられることを願っている」
同じくホンダのPUを使うアルファタウリのピエール・ガスリーも、日本GP開催断念を悔やんだ。ガスリーは今ホンダPUを使っているというのもさることながら、かつてはスーパーフォーミュラに参戦していた経緯もある。
「日本は僕が大好きな国なので、日本GPの開催断念は本当に悲しかった。しばらく日本に住み、ホンダのドライバーであるということで、日本で受けた応援は、いつも信じられないほどだった。特に今年は、ホンダにとってF1で最後の年だったからね……」
ガスリーはそう語った。
「夏休みに入る前に、僕はチームのみんなや友人、そして家族と、今年日本に行くことがどれほど楽しみかということを、実際に話していたんだ。去年は行けなかったからね」
「でも、何かが起きていることは理解していた。特にオリンピックによってどうなるか、人々が注視していたことは分かっていたんだ。そして開催中止のニュースを知った時、僕はとても悲しく思った。そして、長年に渡って僕らを支えてくれたホンダの人たちと、最後の”お祝い”をすることができなくなってしまったということについても、失望したんだ」
「もちろん来年以降、また日本に行くことができると思う。でもホンダと、ホンダのドライバーとして最後に日本で祝うことができたらよかったと思う。非常に、非常に悲しいニュースだよ」
今季からレッドブルに加入したセルジオ・ペレスは、ホンダのドライバーとして鈴鹿を走ってみたかったと語った。
「東京で過ごすと、文化が独特の国であるということが分かるし、鈴鹿はレースをする上で独特の場所なんだ。間違いなく、今年最も楽しみにしていたレースのひとつだよ」
ペレスはそう語った。
「鈴鹿のファンは素晴らしい。彼らは本当に、F1が大好きなんだ。特に今シーズンを最後に、ホンダはF1を去る。そんなタイミングでホンダと共に鈴鹿を走るなんて、とても特別な経験になっただろうね」
「僕らは日本GPに向けて、たくさんの特別なことを準備していた。とても残念だけど、来年こそは鈴鹿でレースができることを楽しみにしている」
ホンダ勢にとっては最大のライバルとも言えるメルセデスのルイス・ハミルトンは、日本、そして東京は大好きだと語り、鈴鹿の雰囲気は他にはないモノだと語った。
「東京に行くのが恋しいよ。東京は、僕が大好きな街だ。でも日本に行くという経験自体が素晴らしい。すごく美しい場所だからね」
「ファンを見ると、かれらはとてもユニークだ。創造的なスタイルでサーキットにやってきて、週末を通して純粋に興奮できるというエネルギーを持っている」
そうハミルトンは語る。
「ヨーロッパでは、みんなスタンドでビールを飲んでいるよね? それとはまったく違う雰囲気なんだ。日本では、そういうのはあんまり見られない。まるでテーマパークだよ」
「彼らは本当に創造的なコスチュームを着ている。F1マシンを上に乗せた帽子を被っている。そして日本は本当に素晴らしい」
「東京は僕の好きな街のひとつだから、そこに行って、文化を満喫できないのは寂しい。でも、来年改めて行きたいね。そして日本の人たちが安全に過ごしていることを願っている」
ハースでF1デビューイヤーを戦うミック・シューマッハーは、かつて父ミハエル・シューマッハーと共に訪れた日本に、F1ドライバーとして行くのを楽しみにしていたようだ。
「とても楽しみにしていた。鈴鹿は冬にシミュレータでドライブした。でも実車で走ることができず、本当に悲しかった」
シューマッハーはそう語った。
「もちろん、日本に行くのを楽しみにしていた。最後に日本に行ったのは、2010年か2011年だったと思う。その時は父と一緒だった」
「その時に、特別な場所などを色々見に行った。そして、東京に改めて行くのを本当に楽しみにしていたんだ。しっかりと東京を見たことがなかったからね……」
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