F1分析|角田裕毅のシンガポールGPはスタート失敗が最大の痛手……しかしソフトタイヤの扱いは抜群
角田裕毅はF1シンガポールGPの決勝レースでスタートを失敗したことで、入賞を逃すことになった。しかしその一方で、ソフトタイヤを抜群な形で使ったことが見えてきた。
Yuki Tsunoda, RB F1 Team VCARB 01
写真:: Lionel Ng / Motorsport Images
F1シンガポールGPで、RBの角田裕毅は8番グリッドからスタートしながら12位でフィニッシュ。入賞を果たすことはできなかった。
角田はスタートの蹴り出しが悪く、ポジションを11番手まで落としてしまうことになった。抜きにくいシンガポールではこれは致命的。しかも角田のマシンは最高速が伸びておらず、おそらく他車に比べてダウンフォースをつけ気味にしたセッティングだったはずだ。このふたつのことが、角田がポイントを獲得するチャンスを奪った格好だ。
では、何か角田陣営が入賞を目指すために取れる策はなかったのだろうか?
ひとつ考えられるのは、他車よりも先にピットストップし、アンダーカットを狙うという手法であろう。それを成功させたのはフェラーリのカルロス・サインツJr.であり、アストンマーティンのフェルナンド・アロンソだった。
F1第18戦シンガポールGP決勝レースギャップ分析
写真: Motorsport.com Japan
上のグラフは、中団グループ各車のポジションの推移を折れ線グラフで示したもの。中団グループ首位のマシンから、各車の差がここに示されている。線が真下に落ちている部分は、ピットストップを行なって後方を下がったということだ。
これを見ると、早々にピットストップを行なったカルロス・サインツJr.(フェラーリ)が、結果的には5台抜きを成功させてフィニッシュしている。また、続いてピットストップしたアロンソも、ニコ・ヒュルケンベルグ(ハース)を攻略することに成功している。
これを見れば、早々にピットストップを行ない、アンダーカットするのが成功だったように見える。しかしその判断も簡単ではなく、ある意味ギャンブル的な決断が必要だった。
サインツJr.がピットストップしたのは13周目(グラフ赤丸の部分)。今回のシンガポールGPは62周で行なわれるレースだったため、あと49周を残していたわけだ。しかもシンガポールのコースはピットストップのロスタイムが大きい(28秒以上)だったこともあり、1ストップ作戦で走り切らねば、勝負権はないに等しかった。つまり残りの49周をハードタイヤで走り切ることができるかどうか……ある意味そういうギャンブルを、フェラーリ陣営は選んだわけだ。
アロンソは25周目でのピットイン(グラフ青丸の部分)だったため、サインツJr.よりはギャンブル的要素は少なかったものの、先にピットストップしたサインツJr.らのペースに翳りが見えていたこともあり、判断は簡単ではなかったはずだ。
さて角田としてはもうひとつ考えねばならないことがあった。それが、前述のトップスピードである。角田が例えば30周目にピットインしていたならば、まだタイヤ交換を済ませていないキック・ザウバー勢の後ろでコースに戻ることになったはずだ。そうなった場合は、コース上でキック・ザウバー勢などを攻略しなければならないが、最高速が伸びていなかったことで、角田としてはこの攻略に時間を要してしまう可能性もあったはずだ。そのため、なかなかピットに入るという判断ができなかったのだと推測できる。
ちなみに決勝レース中のスピードトラップの最高速を見てみると、サインツJr.が298.9km/h、アロンソが302.5km/hだったのに対し、角田は295.4km/h。最もスピードが出るターン7手前の第一計測地点では、サインツJr.が317km/h、アロンソが314.9km/hだったのに対し、角田は306.9km/hにすぎなかった。この差は大きい。
そのため角田陣営は動けず……その間にライバル勢が次々にピットストップしていった。そしてセーフティカーやバーチャル・セーフティカーが出動するのを待ち、コース上にとどまるしかない状況に陥った。
ただシンガポールGPにしては珍しく、今回はセーフティカーが出動するような事故は起きず、レースは進んでいった。
その結果角田は、レース距離の半分を超えた33周目にピットインし、タイヤを交換した。そこで履いたのはまさかのソフトタイヤ。これには、多くの方が驚いたはずだ。しかしこの判断は大成功であり、角田も実に上手くソフトタイヤを使ったと言える。
このレースでは、FP2などのロングランデータを見ると、ソフトタイヤは十分使えるタイヤだと思われていた。そのため、メルセデスのルイス・ハミルトンとRBのダニエル・リカルドがソフトタイヤを履いてレースをスタートした。しかしいずれもソフトタイヤの扱いに苦労していた。
そんな中でも角田はソフトを上手く発動させ、ハイペースで前を追いかけることになった。
レースペースを見ると、角田が実に慎重にソフトタイヤを使い始めていたことが分かる。
F1第18戦シンガポールGP決勝レースペース分析
写真: Motorsport.com Japan
上のグラフは、角田とその周囲のマシンの決勝レース中のペース推移である。
ソフトタイヤに変えたばかりの角田のペースは一切上がらず、10周ほど前にピットインを行なったマシンたちよりも遅いペースで周回を重ねた(赤丸の部分)。
その後若干ペースを上げるも、ライバルと同等のペース止まり(青丸の部分)。この時、前を行くフランコ・コラピント(ウイリアムズ)との差は20秒ほどあるのに、これではとてもではないが届かない。一体どんな戦略なんだ! そう思った方も少なくなかったはずだ。
しかしその後、角田は一気にペースを上げる。46周目には1分37秒22、そして53周目には1分36秒393で走った。このペースは、当時のコラピントよりも1周1.5秒ほど速いモノだった。
その急激な追い上げは、本稿最初に掲載したポジション推移のグラフでもお分かりいただけるだろう。
角田はコラピントまで1.4秒ほどのところまで迫ったものの、周回数が足りずそこまで。コラピントも攻略できず、12位でチェッカーを受けることになった。
いずれにしても今回の角田としては、スタートでポジションを落としたのがあまりにも痛かった。これにより動きづらい状況に陥り、結果的に入賞を逃したということができよう。
しかし角田の後半スティント、ソフトタイヤでの走りは秀逸だった。燃料が減って車両重量が軽くなり、路面コンディションが向上したという要素もあろうが、それでも使い始めのタイヤをうまく温め、長くそして速いペースで走ることができたのだ。
ピレリのモータースポーツ責任者であるマリオ・イゾラは常々、「緩やかにタイヤを使い始めることができれば、デグラデーション(性能劣化)を抑えることができる」と言っているが、まさにそれを地で行った格好だ。
そんなポジティブな面もあれど、入賞を逃してしまった角田とRB。しばらくの休みを経てアメリカGPでシーズンが再開した後の6戦で、再び入賞圏内に戻ることを期待したい。
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