レジェンドドライバーが思う『F1が変わった日』はいつ? セナの死、グラウンドエフェクト発見、エクレストン支配
F1界のレジェンドドライバー7人が、75年続くF1というスポーツにおいて、歴史が変わったと思う瞬間を挙げた。
F1世界王者のジャッキー・スチュワート卿、アラン・プロスト、ナイジェル・マンセル、ミカ・ハッキネン、ジャック・ビルヌーブ、マリオ・アンドレッティ、エマーソン・フィッティパルディが、シリーズを大きく変えた出来事について語った。
この7人のF1王者たちは、F1の創立75周年を祝うために2025年のグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードに集結。そこでこの話題について語った。
そしてF1を変えてきたものについての会話の中では、ローランド・ラッツェンバーガーとアイルトン・セナの悲劇的な死、グラウンドエフェクトの発見などの出来事が取り上げられた。
■ジャック・ビルヌーブ
「私にとって、そして外から見た視点で大きかったのはセナだと思う」と1997年のF1王者であるビルヌーブは語った。
「セナ以前とセナ以後があった。つまり……当時もレースは危険で、多くの改善がなされてきた。しかしセナの死は本当に、『これは本当に何か対策をしなければならない』という考えをもたらしたんだ」
「それから、観客の意識も変わったと思う。かつては命を懸けることがヒーローであることの一部だった。しかし90年代半ばになると、それはもはやヒーローではなくなった。それが我々全員に大きな影響を与えたんだ」
■マリオ・アンドレッティ
「私にとっては、グラウンドエフェクト(効果)の発見だ」
そう語るのは1978年のF1王者であるアンドレッティだ。
「私の考えでは、これが現代モータースポーツを、おそらく最も劇的な形で変革をもたらしたと思う」
そしてビルヌーブはこう付け加えた。
「F1が常にやってきたことを体現していた。つまり、進化を探し続けることだ。現代の厳しい規則になるまでは、常に進化を続けてきていたんだ」
こうしたヴィルヌーヴの見解に、アンドレッティも反応。技術の進化に制御が必要になったと指摘した。
「当然、制限は必要だった。あまりにも効率的になり過ぎて、誰でもただハンドルを切るだけの状態になりかねなかったからだ。だから制御しなければならなかった。しかし同時に、そのレガシーは今でも、あらゆるモータースポーツに色濃く残っている」
Mario Andretti looks on in the Paddock
Photo by: Alexander Trienitz
■ナイジェル・マンセル
「3つの重要な出来事があった。最初は南アフリカでのドライバーストライキだ。あの時は君の父親(ジル・ビルヌーブ)が我々を支えてくれた。我々はまだ新人で、みんな揃ってレースをせずストライキをしたんだ」と1992年のF1王者であるマンセルは、1982年のシーズン開幕戦での出来事について触れた。
「そして、ふたつ目はバーニー・エクレストンがF1を掌握したときだ。まさに皇帝としてね」
「そして、あの運命の日だ。1994年のイモラでローランド・ラッツェンバーガーとアイルトン・セナという偉大なふたりを失ったあの日だ。あの出来事はこのスポーツに永遠に影響を与えたと思う」
■ミカ・ハッキネン
「ああ、私もまったく同意する。我々全員が異なる世代のマシンを運転する経験をしてきた。1950年代の非常に古いマシンをテストした時などは、本当に最大限に攻めるには相当な度胸が必要だった」
1998年と1999年のF1王者であるハッキネンはそう語った。
「そして私の時代、つまり1990年代後半から2000年代初頭にかけては、本当に素晴らしかった! 安全性が確保され、非常に安心感があったから、信じられないほどのリスクを負うことができた」
「しかしあの時代を走っていたドライバー……ここにいるジャッキー・スチュワート卿、マリオ・アンドレッティ、エマーソン・フィッティパルディのような人々の時代のことを、改めて考えさせられる。彼らはF1マシンが極めて危険を走っていた」
そこにスチュワートが口を挟んで言った。
「だが君は死んでいた。君は(1995年オーストラリアGPの大クラッシュで)マシンの中で死んで、シド・ワトキンス(数々のF1ドライバーを救ってきた医師でF1の医療責任者を務めた)に蘇生されたんだ」
「あれが始まりだった。我々にはそれまでシド・ワトキンスはいなかった。彼がいなければ君は今ここにはいなかっただろう。そしてF1は年月を経て非常によく自らを改善してきた。今日の我々の立ち位置を考えれば、本当に素晴らしいことだ」
■エマーソン・フィッティパルディ
「私がF1に初参戦したときのことを覚えている。ジャッキー・スチュワートとヨアキム・ボニエがグランプリ・ドライバーズ協会(GPDA)を設立していた。そして、スチュワートやボニエ、多くのドライバーたちが安全性向上に尽力してきた。その結果、今のレースは以前と比べてどれだけ安全になったことか。統計的に見ても素晴らしい改善だ」
1972年と1974年のF1王者であるフィッティパルディはそう語った。
「1960年代後半から70年代初頭は、21人のドライバーのうちシーズンが終わる頃には3人が命を落としていた。確率にすれば7分の1だ」
「これは驚異的な数字だ。そしてジャッキー、あなたのようにモータースポーツの変革に尽力してくれた人全てに感謝したい。今、私の息子もレースをしているが、以前ほど心配していない。安全性がはるかに高まったからだ。ありがとう、ジャッキー」
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