【特集】F1界の“ジャーニーマン”は誰だ? 近代で最も頻繁に移籍をしたドライバー10選
ここ数十年のF1で、最も頻繁にチームを移籍したドライバーは誰だろうか?
近年のF1では、チームが継続性を重視していることから、多くのドライバーが長期契約を結ぶ傾向にある。マックス・フェルスタッペンやルイス・ハミルトンは、同じチームに10年以上在籍して黄金時代を築いた。ただその一方で、まるで放浪するかのように様々なチームを渡り歩くドライバーも存在する。
では、短期間で最も多くチームを移籍した“ジャーニーマン”のドライバーは誰なのか? 今回はグランプリ出走数に対する移籍回数……つまり平均して何レースごとにチームを移っているのかという観点から統計をとった。
ただし、リストを作る上で一定の線引きは必要だ。当然1戦しかグランプリに出走していないドライバーは対象外だし、例えば通算出走数が2戦で、それぞれ異なるチームからグランプリを戦ったドライバーを「1戦ごとにチームを移ったドライバー」などとして挙げたりしてはキリがない。
したがって今回は「少なくとも3回以上チームを移籍していること」を条件とした。
さらに、2000年代以降に1度は出走しているドライバーに限定した。というのも、F1に関してはあまりにも時代を遡りすぎてしまうと、時代背景や前提などの違いから統計がぼやけてしまうきらいがある。1990年代以前はシーズン中に複数チームを渡り歩くケースも少なくないし、もっと古い年代になると年間のレース数にもかなりの違いが出てくる。統計的に一定の信頼度を担保する上でも、今回はこういった線引きとした。
1980年代〜1990年代のF1ファンであれば、多くのチームを渡り歩いたドライバーとしてアンドレア・デ・チェザリスやマーティン・ブランドル、ロベルト・モレノといった名前を思い浮かべるかもしれない。実際に彼らは数値的には今回の面子に食い込むに十分なドライバーだが、上記の理由で残念ながら今回は対象外としている。
ちなみに、条件を「2回以上の移籍」に緩和すれば、山本左近が1位になっていた。彼は3つのチーム(スーパーアグリ、スパイカー、HRT)で計21戦に出走しており、1チームあたり平均7戦という数字になる。いずれもシーズン途中からの参戦だった。
10. ヘイキ・コバライネン(111出走/3移籍)
2007年にルノーからデビューしたコバライネンは、2008年にマクラーレンに移籍。ハンガリーでキャリア唯一の勝利を挙げた。その後2010年には新参のロータスに移籍するも3年で無得点。2013年には古巣のロータス(元ルノー)でキミ・ライコネンの代役として2レースを戦い、F1キャリアを終えた。
Podium: second place Heikki Kovalainen, Renault
Photo by: Motorsport Images
このコバライネンの記録は非常にややこしいので、これを基に今回の統計における移籍の定義を整理する。コバライネンが2010年から所属していたロータスは2012年にケータハムに名称が変わって形式上別チームとなったが、母体は変わっていないため移籍とはみなさない。一方で2013年に代役参戦した“ロータス”は旧ルノーの流れを汲むエンストン拠点のチームであり、コバライネンにとって古巣復帰になるが、たとえ過去に所属していたチームに出戻る場合でも移籍とカウントする。
9. ハインツ=ハラルド・フレンツェン(156出走/5移籍)
フレンツェンは1994年にザウバーからデビューすると、1997年にウイリアムズに移籍してランキング2位に。ただこの時はジャック・ビルヌーブの陰に隠れてしまっていたが、1999年に移籍したジョーダンで覚醒し、一時チャンピオン争いにも加わった。しかし2001年途中にジョーダンを追われ、ジャン・アレジと入れ替わる形でプロストへ。2002年はアロウズに加入し、チームの消滅に伴って古巣ザウバーへと戻ってF1キャリアを締め括った。
8. ロバート・クビサ(99出走/3移籍)
BMWザウバーでデビューして、キャリア初期から大活躍していた彼がこのランキングに入るとは、誰が予想しただろうか。2010年にルノーに移籍するも、翌2011年開幕前のラリー事故で重傷を負いキャリアは中断。2019年にウイリアムズから奇跡のカムバックを果たすも、戦闘力不足に終わった。そして彼もまた、最後は古巣のアルファロメオ(ザウバー)でキミ・ライコネンの代役を務めた。
7. ペドロ・ディニス(98出走/3移籍)
1990年代を代表するペイドライバーのディニスだが、それでも随所で健闘した。多額のブラジルマネーを持ち込んだことで1995年にフォルティと契約。当初は3年在籍する予定だったが、1996年にはリジェ、1997年にはアロウズ、1999年にはザウバーへ移籍。いずれのチームでも数回ほど入賞を記録した。
Pedro Diniz, Forti Corse
Photo by: Motorsport Images
6. ジョニー・ハーバート(160出走/6移籍)
ハーバートはラストシーズンが2000年だったため、ギリギリこのリストに入った。1989年にデビューしたベネトンから数戦で放出されたハーバートは、ティレルで数戦走った後、1990年にロータス入り。1994年まで在籍した。
その1994年途中にロータスを離れ、リジェからの1戦だけの出走を挟んでベネトンに復帰。翌1995年には初優勝を飾った。1996年にザウバーに移ると3シーズン在籍、スチュワートに移籍した1999年にはニュルブルクリンクで驚きの優勝を飾った。スチュワートは2000年にジャガーに買収されたが、これが彼にとって最後のシーズンとなった。
5. ペドロ・デ・ラ・ロサ(104出走/4移籍)
デ・ラ・ロサは1999年からアロウズとジャガーでそれぞれ2シーズンを戦った後、マクラーレンのテストドライバーに就任してしばらく実戦から離れた。しかし2005年には代役として、2006年にはファン・パブロ・モントーヤの後任としてマクラーレンのステアリングを握り、特に後者では表彰台を獲得するなどキャリアのピークとなった。
またさらに3年のブランクを経て、2010年にザウバーでF1復帰。2012年には戦闘力不足のHRT F1チームで1年走ってキャリアを終えた。
4. ヴィタントニオ・リウッツィ(80出走/3移籍)
2005年にレッドブルからデビューしたリウッツィ。当初はクリスチャン・クリエンとシートを分け合う予定だったが、わずか4戦のみ出走となり、翌年はセカンドチームであるトロロッソのドライバーとなった。2007年を最後にレギュラーシートを失いフォース・インディアでテストドライバーを務めていたが、2009年途中にはフェラーリに移籍したジャンカルロ・フィジケラの後任としてレギュラー昇格、2010年まで在籍した。最後はHRTで1年を過ごした。
3. ミカ・サロ(109出走/6移籍)
ミカ・サロは1994年終盤にロータスからデビューした後、1995年からはティレルに3シーズン在籍。この時点では一見安定したキャリアに見えたが、ここからジャーニーマンと化す。
1998年はアロウズに移籍するも、翌1999年のシートは得られず。しかし負傷したリカルド・ゾンタの代役でBARから3戦を走ると、今度は同じく負傷したミハエル・シューマッハーの代役としてフェラーリのドライバーに。ホッケンハイムでのドイツGPでは優勝目前でチームメイトのエディ・アーバインにトップを譲ったことが語り草となっている。スーパーサブとしての1年を終えたサロは2000年にザウバー、2002年にトヨタから参戦した。
2. ヨス・フェルスタッペン(106出走/6移籍)
まさに毎年のようにチームを渡り歩いたのがヨス・フェルスタッペン。1994年にミハエル・シューマッハーのチームメイトとしてベネトンに加入すると、翌年以降の4シーズンはそれぞれシムテック、フットワーク(アロウズ)、ティレル、スチュワートに所属した。1年のブランクを経て2000年にアロウズ復帰。時折速さを見せるも、2年で入賞3回に終わり、2003年にミナルディでF1キャリアを終えた。
1. ルカ・バドエル(50出走/4移籍)
F1史上、無得点ドライバーの中で最も多くのグランプリに出走したバドエル。1993年はスクーデリア・イタリア、1995年はミナルディ、1996年はフォルティ、1999年はまたまたミナルディに所属したが、いずれもマシン性能に恵まれなかった。1999年のヨーロッパGPでは大荒れのレースで入賞圏を走ったがトラブルでストップ。人目をはばからず号泣したことは彼のキャリアのハイライトのひとつである。
Luca Badoer, Minardi M01 Ford
Photo by: Ercole Colombo
そして彼のF1キャリアはこれで終わらなかった。2000年代はフェラーリのテストドライバーを務め、2009年には負傷したフェリペ・マッサに代わってなんと10年ぶりにレースを走ることになった。長年貢献に対する“ご褒美”と言えたが、フェラーリF60はブランクのあるドライバーに乗りこなせる代物ではなく、ヨーロッパGP、ベルギーGP共に予選最下位に終わり、わずか2戦でシートを降ろされた。
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