”ふざけた”パーティチームから世界チャンピオンへ……レッドブルF1の20年

レッドブル・レーシングは今年、F1デビューして20周年という節目の年である。当初は”パーティチーム”のような立ち位置だったが、今ではタイトルコンテンダーの一角……月日と共に、チームの存在意義も大きく代わった。

Darth Vader, R2-D2, Christian Klien, Red Bull Racing, Vitantonio Liuzzi, Red Bull Racing; Chewbacca, C3-P0

 2005年、F1にエナジードリンクメーカーが所有するレッドブルという新しいチームが参入を果たした。前年までのジャガーを引き継ぎ、参戦をスタートしたのだ。今では紛れも無いトップチームだが、当初はキワモノとも言える、不思議な立ち位置のチームであった。

 時計の針を2004年まで巻き戻そう。デビッド・クルサードは、その年限りでマクラーレンのシートを失うことを知っていた。そのため、移籍先を探らなければならなかったのだ。

 そのクルサードの興味を示したのはジャガーであった。当時のジャガーは、マーク・ウェーバーとクリスチャン・クリエンのコンビでF1に参戦していたが、時折速さを見せるものの、さらなる前進を果たすために、クルサードに白羽の矢を立てたのだ。

 クルサードはマネージャーであるマーティン・ブランドルと、ジャガーに移籍することのメリットとデメリットを話し合った。そして、明確な結論が出た。

「僕らはジャガーと契約しないことを決めた。彼らと契約するくらいなら、F1を辞めた方がいいとね」

 クルサードは最近になって、motorsport.comにそう語った。

 当時のクルサードは、ジャガーのリーダーシップを信頼することができなかった。しかしそんな時、レッドブルから思いがけない救いの手が差し伸べられた。ジャガーを買収し、若きクリスチャン・ホーナーをチーム代表に据えた新チームのドライバーとしてF1に参戦することを決めたのだ。

 当時のホーナー代表は、アーデンを率いて国際F3000に参戦。チャンピオンを輩出するなど実績を残していた。その実績を基に、F1に打って出ようとしていたのだ。まだ30歳を超えたばかりの頃だった。

「2002年から3年連続でチャンピオンになり、そのチームをF1に導こうとしていたんだ」

 ホーナー代表は当時をそう回顧した。

「その時、(当時のF1支配人)バーニー・エクレストンが私にプレッシャーをかけてきた。『F1には新しい若い血が必要だ。エディ・ジョーダンという男を追い出したいと思っている。彼は私を狂わせる……だから彼のチームを買ってはどうだ? 私が手伝うよ』と言ってきたんだ。私はその契約をまとめようとしたが、同時にヘルムート・マルコが私に預けてくれた、レッドブルのジュニアドライバーであるヴィタントニオ・リウッツィを走らせていた」

「ジョーダンとも契約は複雑になり、その間にレッドブルがジャガーを買収した。2004年の11月のことだった。その月の終わりにヘルムートが電話をかけてきて、『ディートリッヒ(マテシッツ/レッドブル総帥/故人)が君に会いたいと言っている』と言ってきた。それでザルツブルグに行った。マテシッツは、『首脳陣を変えたい。チームには大きな野望があるが、あなたにそのチャンスを与えてもいい』と言ったんだ。当時私はまだ31歳だったから、長く考える必要はなかった」

 当時のホーナー代表のことを、クルサードも覚えている。

「クリスチャンはチームに加わったが、どのドアの向こうにどの部門があるのかもまだ分かっていなかったんだ!」とクルサードは言う。

「最初のテストに行く前に、チームがサインを求めてきた。でも僕は『いや、テストに行って、チームについて調べさせてもらってからにしてくれ』と言った」

 でもクルサードはそのテストで、チームの将来について可能性を感じ、契約することにしたわけだ。

Robert Doornbos, Arden International, Christian Horner, Arden F3000 Boss and Vitantonio Liuzzi, Arden International celebrate

Robert Doornbos, Arden International, Christian Horner, Arden F3000 Boss and Vitantonio Liuzzi, Arden International celebrate

Photo by: Sutton Images

■ニューウェイとの秘密のディナー

 クルサードは、マテシッツと長い会話も交わしたという。当時のことをこう振り返る。

「ディートリッヒがテストにやってきた。彼のF1に対するビジョンを探るために、長く時間をかけたよ」

 そうクルサードは言う。

「彼がザウバーの共同オーナーで、長いことスポンサーを務めていたのは知っていた。そして突然やってきて、『私がF1が大好きだから、これでどんな楽しみができるか見てみよう』と言ったんだ。その時点で既に、長期的な戦略が確立されていた」

 その後も、クルサードは度々マテシッツと長く話をする機会があったという。

「初期の頃は、グランプリ翌日の月曜日にザルツブルクに行って、彼と多くの時間を過ごした。我々がどんな立ち位置にいるのか、何が必要なのか、そしてチームに貢献するのはどんな人材が最適なのかについて話し合ったものだ。彼はいつもイエスと言ったわけじゃないけど、それはゲームではない。しかし本当に信じていること、情熱とこの人がチームの運命を変えるだろうという信念に基づいていると、『OK。あなたにはチームを支え、基礎を築く権限がある』と言ってくれた」

 チームの運命を変えたひとりは、エンドリアン・ニューウェイという名前の人物だ。

 ホーナー代表はニューウェイ獲得を常に希望していた。そしてクルサードは、ウイリアムズ時代とマクラーレン時代に、ニューウェイと共に仕事をしてきた。

「デイビッドは、Tinderよりも有能だよ! すぐにマッチングしてくれたんだ」

 そうホーナー代表は冗談めかして語る。

「彼はロンドンのブルーバードで、エイドリアンと彼の妻と、秘密のディナーをセッティングしてくれた。結局のところ、奥様が全ての決定を下すんだからね。それが、彼らと知り合ったきっかけになった」

 そのディナーの後、ニューウェイはマテシッツと会うことになり、レッドブルに加入することを決めた。そして2005年の11月8日、ニューウェイがレッドブルに加入することが正式に発表された。

「それは、我々にとって決定的な瞬間だった」

 そうホーナーは言う。

「それまでは、我々のことは真剣には受け止められなかった。レッドブルの存在価値は、レースのウィークエンドにパーティに参加できるということだったんだ。しかしエイドリアンが加わったことで状況が変わり、人々は我々のことをパーティ・チームとしては見なくなった」

 ホーナーはさらに続ける。

「F1に初めて参戦した時、ガレージで大音量の音楽を流し、エナジーステーションという巨大なホスピタリティを持ち込んだ。当時の人々は『この人たちは真剣じゃない。勝つためにここにいるわけではなく、ただ楽しむためにここにいるんだろう』と考えていた」

「しかしそれはまったく違う。我々も他のチームと同じように、勝つことに集中していた。ただ、楽しむことやこれまでとは違う形で自分たちを表現することを恐れなかっただけだ。それは今でも代わっていない」

「我々は今でも最も大きな音量で音楽を流すチームだ。最近はメカニックの中に、かなり特殊な音楽の趣味を持っている者もいるから……隣のチームには同情するけどね」

Adrian Newey and David Coulthard

Adrian Newey and David Coulthard

Photo by: DaimlerChrysler

■パーティチームからチャンピオン候補へ

 音楽の音量は変わらないが、レッドブルのレース結果は変わった。

 デビューイヤーの2005年、レッドブルは34ポイントを獲得した。しかし今では、ドライバーズタイトル8回、コンストラクターズタイトル6回を獲得するという実績を誇る。

「最初の年、マテシッツは私にこう言ったんだ。『たくさんの給料は支払わない。ただ、ポイントを獲得するごとに、かなりの額のボーナスをあげよう』とね」

 そうホーナー代表は明かす。

「前年のジャガーが9ポイントを獲得していたから、10ポイントとか11ポイントでも成功だった。でも、最初のレースで9ポイントを稼ぎ、最終的には34ポイントを手にした。それがなければ、住宅ローンを返済できなかっただろう」

 今では世界は様変わりし、ハードルもはるかに高くなった。しかしクルサードは、チーム設立当初から、成功の種が蒔かれていたと語る。

Christian Klien

Christian Klien

Photo by: Red Bull Racing

「間違いない。信じてほしいね。それが見られなかったら、僕はレッドブルとは契約していなかっただろう」

 クルサードと契約し、パドック随一のパーティ・チームとしてF1への参戦を開始してから20年。ホーナー代表はこう振り返った。

「これまで達成してきたことを見ると、エナジードリンクの会社としては、悪くないと言えるだろうね」

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