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”ユベールへの想い”をルクレールに託したガスリーと、彼を支えたホーナー代表

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”ユベールへの想い”をルクレールに託したガスリーと、彼を支えたホーナー代表
執筆:
2019/09/03 6:45

トロロッソのピエール・ガスリーは、亡くなったF2ドライバーのアントワーヌ・ユベールへの想いをルクレールに託した。そしてレッドブル代表のホーナーは、ガスリーをサポートしたという。

 トロロッソ・ホンダのピエール・ガスリーは、同郷の友人だったアントワーヌ・ユベールが事故で亡くなったことに苦しんでいると、その心の内を明かした。

 ユベールは、8月31日(土)に行われたF2のレース1で大クラッシュに見舞われ、22歳という若さでこの世を去った。

 ガスリーはシングルシーターのキャリアにおいて、ユベールよりも数歩先を歩んできたが、ふたりはフランスのモータースポーツを管轄するFFSAの育成プログラムの一員だった。

 ベルギーGPの後、ガスリーはユベールのことを”最も親しい友人のひとり”だと説明した。

「間違いなく、(ベルギーGPの)レース前はこれまでで最も感情的になっていたと思う。最高の友人のひとりを失う瞬間を受け入れる準備は、23歳の僕にはできていなかったんだ」

「僕が7歳でカートを始めたときから、彼と一緒に成長してきた。同じアパートで6年間ルームメイトだった」

「僕たちはクラスメイトでもあった。13歳から19歳まで、彼と一緒に勉強していた。先生も同じだったんだ」

「僕はまだショックを受けている状態だ。早すぎるよ……本当につらい。アントワーヌと共通の友人みんなに会いに行くつもりだ。何が起こったのかを本当に理解している人は誰もいないし、それはとても悲しいからね」

 ベルギーGPでは、ユベールのもうひとりの友人であるフェラーリのシャルル・ルクレールが勝利を収めた。ルクレールはポールポジションからスタートし、チームメイトのセバスチャン・ベッテルやメルセデスの2台を抑えて完勝。自身のF1初優勝を成し遂げた。そしてルクレールは、この勝利を亡きユベールに捧げた。

「レース前、シャルルに『アントワーヌのためにこのレースを勝ってくれ』と言ったんだ」

 そうガスリーは振り返る。

「シャルルとアントワーヌ、そして僕は、同じ年にレースを始めたんだ」

「実際、2005年にアントワーヌは、ゴーカートのフランスカップで優勝したんだ。僕らは長いこと一緒にレースし、お互いのことを全て知っていたんだ」

「数年前にはジュール(ビアンキ)が亡くなり、今度はアントワーヌだ。フランスのモータースポーツにとって、本当にひどいニュースだと思う。彼らふたりは素晴らしく、信じられないほどのキャラクターの持ち主だったんだ」

 ベルギーGPはガスリーにとって、レッドブルからトロロッソに降格させられた後最初のレースだった。しかしガスリーはレースを力強く戦い抜き、9位でフィニッシュして2ポイントを獲得した。

 レッドブルのチーム代表であるクリスチャン・ホーナーは、ユベールの死去が特にガスリーに大きな影響を与えたという。そして、レース前にはガスリーと話をしたようだ。

「彼らは一緒に育ってきて、そして長年一緒にレースをしていたんだ。彼らの家族は、お互いのことをとてもよく知っている」

 そうホーナー代表は語った。

「今回のことは、彼(ガスリー)にとっては非常に厳しい状況だったと思う」

「私にできることは、彼をサポートすることを試みることだった。そしてアントワーヌはやりたいことをやっていたこと、『もし彼(ユベール)に明日、君(ガスリー)のマシンでF1に参戦するチャンスがあったのなら、そのチャンスを両手で掴んでいただろう』と言ってやること……それが、私にできる全てだったんだ」

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この記事について

シリーズ F1
ドライバー アントワーヌ ユベール , ピエール ガスリー
チーム トロロッソ・ホンダ 発売中
執筆者 Valentin Khorounzhiy