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“戦略的に”戦いモナコを制したハミルトン、当時の詳細を語る

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“戦略的に”戦いモナコを制したハミルトン、当時の詳細を語る
執筆:
2019/05/27 22:59

ルイス・ハミルトンは、マックス・フェルスタッペンと戦い、プレッシャーに耐え抜いたモナコGPは、F1キャリアの中で“最も戦略的なドライブのひとつ”だったと考えている。

 F1モナコGP序盤でセーフティカーが出動した際、メルセデスはトップを走るルイス・ハミルトンをピットに入れ、ミディアムタイヤに交換させた。同時にピットインしたライバルがより耐久性のあるハードタイヤを選択する中、ハミルトンはミディアムタイヤで64周を走りきる必要があったが、見事これを成し遂げ優勝した。メルセデス曰く、ハミルトンがチームを“救った”という。

 2番手を走っていたマックス・フェルスタッペン(レッドブル)は、レースを通してハミルトンにプレッシャーをかけ続けた。終盤にはヌーベルシケインの飛び込みでハミルトンに襲いかかったが、追い抜くことはできず、軽く接触した。

 一方のハミルトンは、マシンのペースを保とうとしている間、“何度もバリアに触れた”ことを認め、次のように語った。

「最終コーナーの出口でギャップを作ることができた」

「ターン1にかけては非常に遅かったが、ターン3(カジノコーナー手前)では右側のタイヤ(のグリップ)が良かった」

「ただ、それからターン4、5、6、7、8と向かうにつれて、僕は何も持っていなかった。ブレーキバランスを後ろに調節して、デフを開いて、エンジンブレーキでマシンを曲げようとした」

「彼(フェルスタッペン)がかなりのスピードで飛ばしてきているのが見えた。明らかに硬いタイヤの方がより良かった。彼のマシンが飛ばしているのを見て『OK。うまくいけば僕みたいにどこかの段階でタイヤを使い果たすぞ』と思った。でもそうはならなかった」

「ターン6(グランド・ホテル・ヘアピン)で彼はおそらく、インサイドに飛び込もうとしていた。だから僕はそこをカバーしようとした。つま先で(アクセルを)踏んでポジショニングをして、うまく脱出することができた」

「これまでで最も戦略的なドライブをしたレースのひとつだと思う。コース中でバランスを探し出し、ギャップを保とうとした」

 ハミルトンはまた、セーフティカーの出動がなければ、最初のスティントはもう10周以上長かっただろうと考えており、“もっとリラックスした環境の中で、クルージングしながらフィニッシュできたかもしれない”と語った。

 メルセデスのノン・エグゼクティブ・チェアマンを務めていたニキ・ラウダを亡くした悲しみに包まれる中、フェルスタッペンからのプレッシャーに耐えなければならなかったハミルトン。彼はレース後に“非常に、非常に複雑な感情だった”と語った。

「僕にとっては感情の高ぶった数日間で、いつそれが爆発してもおかしくなかった」

「それは面白いレースで、確実につまらないレースではなかった。だからこのタフなレースに感謝するよ。ひとりのアスリートとして、常にタフなバトルを求めているんだ」

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