ホンダが開発中の”Honda eVTOL”とは一体何か? 元F1用PU開発者が率いるプロジェクト
ホンダが開発中のeVTOL。一般的には”空飛ぶクルマ”と言われることが多いが、一体これは何なのか? そしてそのパワーユニットを開発しているのは、2021年までF1用PUのMGU開発を率いた人物なのだ。
ホンダは2021年限りでF1を撤退。その後は、子会社のHRC(ホンダ・レーシング)を通じて、レッドブル・パワートレインズが使うPUを開発・製造しているものの、現在は実際にはF1活動の一線からは退いている状況だ。しかし昨年、2026年から新たにアストンマーティンと組む形でF1に復帰することを発表。すでに新時代に向けた開発が急ピッチで進められている。
2021年限りでF1を撤退した際、ホンダの開発拠点であるHRC SakuraでF1用PU開発に従事していたメンバーのほとんどは、ホンダが目指すカーボンニュートラル技術の開発のために様々な分野に異動となった。そのひとりが津吉智明である。
津吉は現在、”空飛ぶクルマ”として様々な企業が開発に乗り出しているeVTOLのパワーユニット部門のLPL(ラージ・プロジェクト・リーダー、開発責任者)を務めている人物。彼は2021年のF1撤退までF1用PUのERS(エネルギー・リカバリーシステム)の開発を担当した。彼曰く、Honda eVTOLにはF1で培った技術が多く活かされているという。
F1経験者が多く開発に携わるeVTOL
「私は2016年からF1のMGU開発を担当しました。それ以前はレジェンドのモーターを開発していたんですが、当時のF1用MGUには色々とトラブルがあったので、その担当としてSakuraに行くことになったんです」
そう津吉はF1の仕事を始めた当時のことを振り返った。
「MGUの開発を1年やった後、ERS全体のプロジェクトリーダーを2017年からやりました。その後2019年からイギリスのミルトンキーンズに行って、インバータとバッテリーの”ESSパック”の開発、そしてイギリスでのテストベンチを使ってのサーキットシミュレーションを担当しました。そして撤退した後、ミルトンキーンズの資産の区分けなどをして、2022年の4月に日本に帰ってきました」
津吉がF1に関わった頃は、マクラーレンとの関係を終了させ、トロロッソとの提携を皮切りにレッドブルとタッグを組むというまさにその頃。ホンダのPUのパフォーマンスも劇的に向上した。
その一因としてホンダが作る小型ビジネス飛行機”HondaJet”のエンジン技術を注入したという話はあまりにも有名だが、そのHondaJetの開発部門と話をしたのも、誰あろう津吉であったという。
「2017年からエンジンの前後にタービンとコンプレッサーを配置する”スプリットタイプ”を投入するということで、2016年の2月頃から検討をし始めました。しかし、今でこそ言えることなんですが、私としては『ああ、これは無理だ』と思ったんです」
「これは難易度が高すぎる……やったことない技術ですし、少し計測すると、とても耐えられるモノではなかったんです。特にベアリングですね。Sakuraでなんとか対策しようと思ったんですが、解決策が見つからず、四輪の開発部門全てに当たってみました。それでもやっぱり解決策がなくて、探し回った結果、HondaJetに行き着いたということです。ベアリングの軸システム、回転体というのを技術的にどう成立させるかということは、HondaJetのメンバーがよく知っていますからね」
そんな津吉は、ホンダのF1撤退を契機に、Honda eVTOLのPU開発を率いることになった。
「元々 eVTOLのPUを管轄していたエクゼクティブ・チーフエンジニアに、櫻原という者がいたんです。その縁だと思いますけどね。第3期の時に私は、櫻原の下でF1エンジンの開発をやっていたんですよ」
そう津吉が明かす櫻原氏とは、第3期F1でエンジン開発責任者を担当していた櫻原一雄氏である。
「そして(2021年限りで)F1から撤退することになり、当時のメンバーがそれぞれカーボンニュートラル技術の開発をやるとなった時に、それぞれの部門に異動……私はeVTOLの開発になりました」
eVTOLはヘリコプターではないのか?
ではこのeVTOLとは一体何なのか? 空飛ぶクルマとして様々なメーカーが開発しているが、プロペラが多いヘリコプター……そんなふうに見える。
「難しいですね」
津吉はそう語る。
「”空飛ぶクルマ”というのは、クルマに変わる乗り物を作りたいという思いを込めた呼び方だと我々は捉えています。2050年くらいには、こういう乗り物がクルマのように空を飛び回る、そういう未来が実際に来たらいいなという意味で、“空飛ぶクルマ“というのはわかりやすい呼び方だと思っています」
「一方技術的な面では、安全性と軽量化、そして利便性というところが違いですね」
「ヘリコプターは、ひとつのエンジンでメインローターとテールローターを回すため、機械的な構造が多くなります。機械的な構造が多ければ多いほど、安全性が下がる……つまり故障率が上がってしまいます。でもeVTOLのように電動モーターを使うとその機械構造をなくすことができます。計算上では、ヘリコプターよりも100倍安全にできます」
「さらにヘリコプターはメインローターはひとつかふたつですが、eVTOLは複数あります。そうすると、たとえばひとつ壊れても、飛び続けることができるように設計されています。そういう意味でも安全性にもつながります」
「またヘリコプターに乗ると、振動と音がすごくて、乗客の身体的には大きな負担となります。しかしeVTOLのようにローターを分散させ、小径化することで、振動と音を抑えることができます。つまり、快適な乗り物にできるんです」
そんなホンダのeVTOLは開発の最終段階。2025年には試験機を初飛行し、2030年代の事業化を目指している。
「すでにスケールモデルは飛ばしています。1/1サイズのモノを、2025年のうちには飛ばしたいと考えています」
「航空法規や免許の問題、大量生産……まだまだ大きなハードルはありますが、まずは都市間の移動に使える交通手段にするのが目標です。しかも小型ジェットよりも安い運賃で提供できないと、利用していただけないと思っています。Honda eVTOLではそこを目指したいと思います」
「どういうビジネスモデルがあるのかというところを、開発と同時に研究しているところですね」
そしてこのeVTOLには、F1由来の技術が各所に活かされているという。
津吉は説明する。
「発電機のモーターの部分、プロペラを回すモーターの部分、それからバッテリー……そういうところにF1の技術が活きています」
記事をシェアもしくは保存
Subscribe and access Motorsport.com with your ad-blocker.
フォーミュラ 1 から MotoGP まで、私たちはパドックから直接報告します。あなたと同じように私たちのスポーツが大好きだからです。 専門的なジャーナリズムを提供し続けるために、当社のウェブサイトでは広告を使用しています。 それでも、広告なしのウェブサイトをお楽しみいただき、引き続き広告ブロッカーをご利用いただける機会を提供したいと考えています。