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1968年シーズンを、ホンダはどう戦おうとしていたのか?:英国AS誌アーカイブ

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1968年シーズンを、ホンダはどう戦おうとしていたのか?:英国AS誌アーカイブ
2020/05/13 7:11

第1期として1964〜1968年のF1を戦ったホンダ。当時はまだ小規模な自動車メーカーだったが、その間に2勝を挙げる活躍を見せた。当時のホンダはF1にどう挑んだのか? 1968年に英国Autosport誌に掲載された貴重なインタビューを掲載する。

 1964年のドイツGPで、初めてF1に参戦したホンダ。初めてのフル参戦シーズンとなった翌1965年のメキシコGPで、驚くべき初優勝を遂げた。

 しかし次の勝利は、1967年のイタリアGP。ただ、その間も安定して上位を走ったわけではなかった。

 英国Autosport誌の1968年2月9日号には、デビッド・フィップスによる当時ホンダF1の監督を務めていた中村良夫と、ジョン・サーティースのインタビューが掲載されている。そこでは、勝利を収め、コンストラクターズランキング4位となった1967年を受け、どう68年シーズンに挑むのかが語られている。

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 ホンダは1964年のドイツGPでF1レースに初参戦し、1965年のメキシコGPでリッチー・ギンザーによって初勝利を収めた。1967年、ワールドチャンピオン経験者のジョン・サーティースがチームに加わった。シーズン前半は苦しんだが、イタリアGPでは驚きの勝利を収めた。

 1968年のホンダに何が期待できるのか? それを知るために、ヨハネスブルグ(南アフリカの首都。当時の開幕戦は南アフリカGPだった)郊外で、ホンダF1の監督である中村良夫と、ジョン・サーティースに話を訊いた。

デビッド・フィップス(以下DP):F1に関する今年のプランはどうなっていますか? 既存のマシンを使い続けるのですか? それとも新しいマシンを投入するのですか?

中村良夫(以下中村):新しい車を用意します。

DP:そのマシンはいつ完成するんですか?

中村:スペインGPの予定です。

DP:レース・オブ・チャンピオンズ(ブランズハッチで行なわれたノンタイトル戦)には間に合いますか?

中村:準備が整っているかもしれませんが、確信は持てませんね。

DP:新しいエンジンを搭載する予定ですか?

中村:新しいエンジンですが、従来のエンジンとかなりの部分で共通点があります。V12のままですが、パワーがアップしています。

ジョン・サーティース(JS):基本的には、既存のエンジンのアップデート版だ。90%は新しくなるが、完全に新しいエンジンだというわけではない。

DP:シャシーは日本製ですか? それともイギリス製ですか?

中村:シャシーは英国製になります。エンジンとギヤボックスは日本で開発します。

JS:これには、様々な正当な理由がある。この1年間、マシンを製造し、保守できるチームを作り上げることに集中してきた。イギリスのワークショップには多くの設備があり、多くのスタッフを抱えている。そして、イギリスには多くのサブ・コンストラクターがある。例えば、Arch Motorsがウイッシュボーンとシャシーのコンポーネントを作っている。彼らを日本で利用することはできない。そのため、クルマはホンダの日本人とイギリス人の従業員によって、イギリスで作られている。今までのクルマは、ホンダとローラの両方の施設を使って、スラウ(イギリスの都市)で作られていた。

DP:ホンダとローラの仕事が、かなり統合されたように感じます。

JS:いや、そういうわけではない。しかし彼らは我々のために、ある程度は働いてくれている。ホンダと、マネジメント会社でのあるチーム・サーティースの間には、開発に関する取り決めがある。そしてチーム・サーティースとローラの間でもそれが結ばれている。何も珍しいことじゃない。これは、スポーツカーの開発に関して、過去に行なったのと同じ手順だ。

DP:実際にはローラは下請けということですか?

JS:我々は、何かを作って欲しいと思えば、それに関する最高の人たちのところに話をもっていく。そしてこれは、最短時間で仕事をしてくれる人々だということも意味する。ホンダは1964年からF1に参戦しているが、人材の出入りに関する計画がある。中村さんを除いて、過去のF1プログラムに関係した人は、今やそれほどレースには関与していない。

Jo Schlesser, Honda

Jo Schlesser, Honda

Photo by: David Phipps

中村:東京とヨーロッパの距離が大きな問題です。エンジンやギヤボックスなどは、どんな飛行機でも運ぶことができます。しかし、完成したクルマを運べる飛行機は、ほとんどない。そしてエンジンやギヤボックスでさえも、輸送の途中で行方不明になることがあります。昨年も、出荷した荷物の一部が何週間も行方不明になることがありました。

DP:シャシーとサスペンションに関して、ニューマシンの設計者は誰ですか?

中村:エリック・ブロードリー(ローラ)と私、そして佐野(彰一)さんのコンビです。そして1966年のF2エンジンを設計した久米(是志)さんが、主にV12を設計しました。

DP:エンジンはもう動いていますか? そしてホンダの燃料噴射システムは搭載されていますか?

中村:まだ回っていませんが、まもなく準備が整います。そして、ホンダの燃料噴射システムを備えています。

DP:ホンダがモーターレースに挑む理由は何ですか?

中村:ホンダはバイクメーカーであるということと同様に、自動車メーカーであるということを人々に示すのが主な目的です。

DP:数年にわたる計画があるのですか? それとも、1年ごとのプログラムですか?

中村:現在は2年間のプログラムです。

JS:2年以上だ。昨年は、製作に関するプログラムの障害が原因で、予定通りにいかなかった。通常なら、ホンダにはレーシング部門はない。レーシングチームはホンダR&D(本田技術研究所)のほんの一部であり、レーシングカーを設計する人々は、市販車も設計しているんだ。

企業であるからには、商業的に成功する必要がある。ホンダは、レースで学んだ教訓を、できるだけ早く市販車に投入するよう信じている。ホンダは、私が知っている他のどの会社よりも、その経験を活用していると思う。

Richie Ginther, Honda RA272

Richie Ginther, Honda RA272

Photo by: Motorsport Images

DP:1968年には何台のマシンを走らせる予定ですか?

中村:2台です。二人目のドライバーはクリス・アーウィンの予定です。

JS:世界の様々な地域の人たちが共に働く時には、レーシングチームとして共通の精神を持つことがとても重要だ。幸いなことに、私は長いこと外国のチームと働いてきた。だから、ある程度まではスムーズに、楽に対応することができる。しかし、達成できない何かを約束したくはない。

マシンが正しく開発され、予定通り進んでいることが確認できれば、2台のマシンを走らせる。でも最初の3レースでは、2台以上のマシンを走らせるだけの材料がない。そして人格という観点から合理的なことを受け入れ、愚かなことはしないと信頼できるドライバーを起用することも重要だ。

ただ、これほどまでに大きなプログラムでは、ひとりのドライバーに完全に依存するのはかなり間違っている。ドライビングと開発の仕事に集中するために、昨年関与していたような、マネジメントの仕事を減らそうとしている。また、出場するレースも減らすつもりだけど、追加のテストドライバーとセカンドドライバーが必要だ。

DP:日本人ドライバーを起用することはないのですか?

中村:入れたいとは思っています。しかし、日本人のドライバーがF1のレースに参加するために十分な経験を積むことは、非常に難しいです。

John Surtees, Honda

John Surtees, Honda

Photo by: David Phipps

DP:四輪駆動のマシンを作る計画はないのですか?

中村:まだ4WDは必要ないと思っています。4WDのマシンを作るなら、ステアリングシステムも新たに開発しなければいけません。まだ2WDのマシンで十分競争力があると思います。

JS:基本的に、コーナーをカット……つまりドリフトをカットし、スロットルのコントロールでアンダーステアやオーバーステアを打ち消すことができれば、より速く走ることができる。これを行なうことができる4WDのシステムがあるなら、2WDよりもはるかに速く走れるかもしれない。

しかし4WDに移行せずとも、以前よりも大幅に速く走ることができる。エンジンの開発にはまだ利益を得られる部分が残っており、路面を捉える性能の部分でも引き上げられるところが残っている。4WDについて考える前に、これらふたつのことを整理する必要があると思う。

DP:シングルシーターのマシンは、空力からさらなるパフォーマンスを得られると考えていますか? ワイドボディ、もしくはスポイラーなどを使う可能性はあるでしょうか?

中村:そうは考えていません。空力に関して言えば、シングルシーターの空気抵抗の60%は、タイヤに由来しています。ボディワークでできることはあまりありません。

DP:ホンダのF1プロジェクトには、何人くらいの人が関わっているのでしょうか?

中村:日本とイギリス合計で約20人です。

DP:ファイアストンの参戦規模縮小は、チームに大きな影響を及ぼしましたか?

JS:いや、私はいつも、他の人とは違うやり方で働いてきた。だから実際には影響は受けていない。私たちは全力を尽くし、彼らも全力を尽くす。そしてお互いの信頼関係が存在する限り、我々の契約はそのまま続いていく。ホンダとしての観点から言えば、いくつか技術的な問題があった。ファイアストンの開発のほとんどは、軽いマシンで行なわれた。しかしこれからは、我々のマシンが他のチームのマシンよりも重くなるということはない。

DP:F1に参戦する、他の日本のチームは出てくるでしょうか?

中村:噂には聞いたことがありますが、ハッキリしたことは分かりません。

JS:そうなれば良いと思っている。そうなれば、我々にとって大きな助けになるだろう。複数の日本企業による戦いがあれば、それが緩むことはない。オートバイのファンが熱狂したのは、国内での競争だったんだ。

DP:誰かが2ストロークエンジンでF1に挑む可能性があると思いますか?

中村:そうは思いません。でも個人的には、ロータリーエンジンやガスタービンエンジンには将来があると思います。

Richie Ginther, Honda RA273

Richie Ginther, Honda RA273

Photo by: Motorsport Images

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By Kevin Turner

 サーティースは1968年を、前年型のRA300でスタートさせた。しかしアップデート版のRA301は第2戦スペインGPでデビューすることになる。

 残念ながらRA301は信頼性が低く、フランスGPでの2位とアメリカGPでの3位がやっと……ドライバーズランキングでは8位に終わった。しかし、シーズンが終了する前に、運命は決定づけられていた。

 サーティースの助言に反し、ホンダは完全なニューマシンRA302を登場させた。このマシンはRA301とは異なり、空冷のV8エンジン搭載マシンであり、フランスGPでジョー・シュレッサーがステアリングを握った。

 しかしこのレースの3周目に、シュレッサーがクラッシュ。マシンから出火し、シュレッサーが命を落とすことになった。サーティースはそのマシンをドライブするのを拒否し続け、まだ準備ができていないクルマだと主張した。

 ホンダは結局、この年限りでF1から撤退。サーティースはBRMに移籍した。

 ホンダは1980年代にエンジンサプライヤーとしてF1に復帰し、ウイリアムズやマクラーレン、ロータスなどと組んで大成功を収めた。しかし”ホンダF1”としての勝利は、2006年のジェンソン・バトン(ハンガリーGP)まで待たねばならなかった。

 そのホンダは、2008年限りでフルワークス体制での参戦から撤退。ホンダが2009年用に開発していたマシンは、ロス・ブラウンが引き継いだチーム”ブラウンGP”のマシンとして2009年シーズンを走行。そのマシンは圧倒的なパフォーマンスを発揮し、ジェンソン・バトンがドライバーズタイトルを獲得することになった。

 そして2015年、マクラーレンのパートナーとしてホンダはF1に復帰。かつての黄金コンビの復活により大きな注目を集めたが、パフォーマンスと信頼性が共に低く、2017年限りでコンビ解消。その後のホンダはトロロッソにパワーユニット(PU)を供給し、2019年からはレッドブルにもPU供給をスタート……そしてオーストリア、ドイツ、ブラジルと3勝を挙げることになった。

 

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