海外F1記者の視点|F1は本当にV10エンジンに戻るのか……渦巻く様々な思惑

F1にV10エンジンを戻そうという動きが活発になっているように見える。しかしそれは本当に現実的なことなのか? 様々な方向から分析してみる。

Takuma Sato, BAR 006

Takuma Sato, BAR 006

写真:: LAT Images

 F1にV10エンジンを復活させようという話題は、現代社会の多くのモノと同じように、ソーシャルメディアの投稿が発端となった。

 ロンドンでF1シーズン開幕イベント『F1 75』が開催された3日後、FIAのモハメド・ベン・スレイエム会長がインスタグラムにメッセージを投稿し、「F1の将来に関する前向きな議論」に触発され、「様々な方向性」を模索するべきだと綴ったのだ。そしてその「様々な方向性」には、持続可能燃料を使うV10エンジンの復活も含まれる……という。

 元ラリードライバーであり、熱狂的なモータースポーツファンでもあるベン・スレイエム会長は、轟音を響かせるF1マシンが復活することを支持するひとりである。そしてFIAの会長として、F1の長期的な将来にとって、何が最善なのかを考えることは、自分の義務だと考えているはずだ。

 ベン・スレイエム会長が「V10エンジン復活」を突然叫んだことで、この件についての議論が巻き起こり、F1における主な政治的な戦いの場になりつつある。

FIA president Mohammed Ben Sulayem

FIA president Mohammed Ben Sulayem

Photo by: Dom Romney / Motorsport Images

 ベン・スレイエム会長のインスタ投稿以降、FIAは内部での議論を活発化させており、FIAのシングルシーター担当ディレクターのニコラス・トンバジスは中国GPの際、様々なシナリオが検討されていることを認めたが、「まだ案はない」と強調した。ただ、2026年から導入される予定の新規格のパワーユニット(PU)の後に新しいエンジンの方式に変更する可能性を否定せず、さらには2026年から導入される新規格PU規則を使う期間を、予定よりも短くする可能性があると語った。

 ただFIAとしては、ふたつの重要な問題に直面しているという。ひとつは、轟音を発するV10エンジンが、F1が追求したい方向性なのかということ。そしてもうひとつは、それが導入されるならばいつからなのかということだ。

 ふたつ目の問題から、検証していこう。

 現在各メーカーは、2026年に向けて新規格のPUを開発中である。デビューまで1年を切っており、早くも正念場ということになろう。

 しかしこの新世代PUは、何年使われることになるのだろうか? 当初の予定では、5年この規格を使うとされていたが、V10に切り替えるとなれば、この5年を待ってからにするのか、あるいは前倒ししてV10投入となるのだろうか? 過激な意見では、そもそも2026年から導入予定の新PUを完全に破棄するべきというものもある。

 トンバジスは、そういう極端なシナリオでさえも、現時点では完全には否定しなかった。

「確かに、持続可能燃料などの進歩により、エンジンはもっとシンプルにできるのではないかという見方が生まれている」

 そうトンバジスは語る。

「そして世界経済では、もう少しコストを削減すべきかもしれないという見方もある。それに沿って言えば、現在のPUはあまりにも高価だ。それは事実である。我々はもっと安価なモノにしたいのだ。だからこそ会長は、2028年からV10エンジンにする可能性についてコメントしたのだ。そして我々は、それをPUメーカーと共に評価している。もしかしたら、2029年からになるのかもしれないが」

「彼らと、F1にとって最善な方向性について、オープンに話し合っている。もしその方向で決断された場合、その場合に何が起きるかは、我々が見守る必要のあるものだ。しかし十分な議論をせずに一方的に何かを変えたり、何かを課したりするようなことは決してない」

■V10回帰を支持するのは誰なのか?

 そもそもF1のV10回帰論は、2026年から使用が義務づけられる持続可能燃料の存在なしには語れない。この持続可能燃料は、化石燃料を原料とせずに人工的に作り出すガソリンのことである。成分は通常のガソリンと同じであるが、地中深くから原油を掘り出してくる必要はなく、大気中の炭素と水素を原料とする。

 ガソリンと同じようにエンジンに入れて燃やし、排気ガスを出すが、そもそも大気中に存在した分子が原料であるため、大気中の炭素は増えず、地球環境にやさしいとされている。

 F1マシンに使われているPUは、現行では運動エネルギーと熱エネルギーを回生するハイブリッドシステムとV6ターボエンジンを組み合わせる方式。2026年からは熱エネルギー回生は廃棄され、運動エネルギー回生のみとなる。この回生システムは、以前は捨てていたエネルギーを電気エネルギーとして取り込み、駆動力として使おうというもので、それにより使う燃料を減らして地球環境対策としよう……というものだ。

 しかし持続可能燃料であれば、その必要はないだろう……ならば高価なハイブリッドではなく、安価なV10にしよう……その方が音も出るし、迫力も増すはずだ(現行のPUは音が小さく、その分迫力が低減してしまったという声が根強くある)。それが、V10回帰を推す意見の根底にある。

Lando Norris, McLaren, Oscar Piastri, McLaren

Lando Norris, McLaren, Oscar Piastri, McLaren

Photo by: Sam Bloxham / Motorsport Images

 とはいえ、2026年からの新規格PUの投入自体をやめてしまおうというのは、あまりにも突飛なアイデアのようにも聞こえる。しかし、これを支持する人もいるだろう。

 F1のチーム間のパフォーマンス差は、現在は非常に小さい。しかし、新規則が導入されると、一部のメーカーだけがうまく開発を進め、他に圧倒的なリードを築く可能性が十分にある。近年では2014年に現行PUが投入された際、メルセデスが圧倒的な優位を誇ったのが記憶に新しいが、それと同じことが起きる可能性があるのだ。

 またPUが電力への依存度を高めることでファンを混乱させたり、レースの世界観を変えてしまうのではないかという懸念もある。その上、安価で作れるV10エンジンは、F1の経済状況の改善にも役立つ可能性が十分にある。

 このV10回帰に関するアイデアを最初に提起したのは、実はベン・スレイエム会長ではなく、F1のステファノ・ドメニカリCEOである。

「持続可能燃料がゼロエミッションの実現に役立ち、持続可能性という点を正しい方法で捉えているのであれば、これほど複雑で高価なエンジンを開発する必要はなくなるかもしれない」

 昨年の8月、ドメニカリCEOはそう語った。

「だからもっと軽量で、おそらく音が良いエンジンに戻ることを考えるかもしれない」

 ただこのV10エンジン回帰については、後押しするドライバーもひとりいる。それがレッドブルのマックス・フェルスタッペンだ。フェルスタッペンは中国GPの際、V10エンジンが復活したら、F1を長く続けていくモチベーションになるかと尋ねられると、次のように語った。

「多分、そうだね。今のPUよりも、間違いなくエキサイティングだ」

 メーカーの中には、2026年用PUのプロジェクトがうまく進んでいないメーカーもあるかもしれない。そういうメーカーは、V10復活に前向き、少なくとも反対の姿勢は取らないだろう。現時点ではV10回帰を積極的に支持するような兆候は見られないが、事態の進展を待ちたいと考えるメーカーもあるかもしれない。

Max Verstappen, Red Bull Racing

Max Verstappen, Red Bull Racing

Photo by: Red Bull Content Pool

■反対する人も多いはず

 2026年からのPU新規則は、自動車メーカーをF1に惹きつけることを目指していた。そのため、V10回帰の議論に最も苛立っているのは、F1参戦を決めた各自動車メーカーであろう。

 この2026年からの新規則のおかげで、アウディはF1に初めて参入することを決断。ホンダも2021年限りで撤退したもののこれを撤回し、2026年から正式にF1復帰を果たす。いずれも、2026年からのPUの技術は、市販車など他の分野の開発に役立つと判断したからだ。

 しかしF1がV10に回帰することとなれば、彼らの思惑とは正反対のモノとなってしまう可能性がある。企業にとっては、長期的な計画が非常に重要なのだ。

 例えばアウディは、F1に集中するために他のモータースポーツのほとんどを一気に終了させた。そんな中で、チーム代表のマッティア・ビノットがアウディの取締役会で、F1がV10に回帰することを説明し、それでもF1参戦を続けることを説明しなければならないとしたら……それはうまくいかないだろう。おそらく、ホンダも同様であろう。

「2026年シーズン以降に設定される新しいハイブリッドPUを含む今後のレギュレーション変更は、アウディがF1に参戦したことを決定した主な要因だった」

 V10回帰の議論について、アウディから公式に出された声明では、そう謳われていた。

「これらのPUレギュレーションは、アウディの市販車の革新を推進するのと同じ技術的進歩を反映している」

 そのコメントを見ても、アウディの立場は明確であろう。

Audi CEO Gernot Dollner and Mattia Binotto, CEO and CTO, Stake F1 Team KICK Sauber

Audi CEO Gernot Dollner and Mattia Binotto, CEO and CTO, Stake F1 Team KICK Sauber

Photo by: Andy Hone / Motorsport Images

 フェラーリは、超高級スポーツカーメーカーである。F1がV10に回帰しても、同社のブランディングに合っていると考えるかもしれない。一方でメルセデスにとっては不都合であるのは間違いなく、特に新規則下のPU開発が予定通りだと考えていればなおさらだろう。

「何よりも、公平であることが義務である」

 そうトンバジスは語った。

「人々は多額の資金を投資しており、これらの決定は簡単に行なわれるものではない。例えば10人中9人が賛成し、ひとりが反対していた場合、そしてそのひとりが不当に扱われていると感じている場合には、我々は常にそのひとりを守ろうとする」

「我々はガバナンスを通じて合意し、計画変更に十分な支持があることを確認する必要がある。今のレギュレーションは5年ではなく3年だけ使うなどと簡単に言うことはできない。ここではそういうことはできないんだ」

「これは、いわば根本的な変更である。非常に重要なことなので、過半数以上の賛成が必要になる」

 V10回帰の声が大きくなったとしても、結果的に何も変わらないという可能性もある。しかし今のところ、この件は議題にしっかりと挙がってはいるようだ。

■キャデラックはどうする?

Cadillac F1

Cadillac F1

Photo by: FIA

 2026年からチームとして参戦し、2028年から自社PUも登場させる予定のキャデラック(GM /ゼネラルモータース)は、どういう立場なのだろうか?

 現時点ではPUのプロジェクトはまだ初期段階だ。しかし、V10に回帰することは、彼らにとってはメリットがあるかもしれない。

 キャデラックにとって目下大切なのは、市販車との関連性ではなく、純粋な競争力である。彼らは、新世代PUの開発をライバルたちよりも何年も遅くスタートさせ、実戦への投入予定も2028年と他よりも2年遅い。追い上げるには時間がかかるだろう。そこに、新しいV10の規則が導入されれば、開発のスタートが遅れたことを帳消しにする、まさに渡りに船になる可能性がある。

 FIAとベン・スレイエム会長が、キャデラックをF1に導く上で重要な役割を果たしたことを考えると、その競争力を高めるための手助けをしようとしたとしても、何ら不思議ではない。ただ、前述の通りメルセデス、ホンダ、アウディを説得するのは容易ではないだろう。

 レッドブルは、V10回帰については中立的な立場だろう。それは2026年PUのプロジェクトが困難に直面しているからではなく、彼らにとって市販車との関連性は重要ではないからだ。そもそも、彼らは自動車メーカーではない。

 もちろん、2026年からレッドブルと手を組むフォードにとっての利益を考える必要はある。しかし、フォード・パフォーマンス・モータースポーツのグローバルディレクターであるマーク・ラッシュブルックは以前、よりシンプルなエンジンへの切り替えに、反対はしないと語っていたことがある。

「アウディをこのスポーツに迎え入れられたことを、非常に誇りに思っている。そのことを、全面的に尊重している。彼らにその決定を覆してほしいとは思っていない」

 トンバジスはそう言う。

「また、ホンダが考え直してくれたことも、とても誇りだ。彼らはF1から撤退しようとしていたのに、その後残ることを決めてくれたんだからね」

「我々が行なうことはすべて、これらの要素の間の複雑なバランスだ。問題は公平であること、F1を守ること、コストを削減すること、PUメーカーを保護すること、そして彼らの投資を守ることの間で、バランスを取らなければいけない。すべての課題に、同じように答える単一のポイントなどないということだ」

「彼らと協力し、そのスイートスポットを見つけようとしてる。しかし、そのスイートスポットがすべての課題に100%応えられるということは決してないだろう」

■最大の課題は何か?

 F1の将来に向けては、様々な課題が残っている。しかし短期的にPUのレギュレーションを変更しようとすれば、混乱を招くことになるだろう。F1が2026年からのPUレギュレーションを施行しないとしたならば、複数のPUメーカーを失うリスクがある。アウディやホンダは、その際たる例であろうし、彼らがF1を離れれば、PU供給が決まっていたチームは路頭に迷ってしまう。

 いずれにしても最大の課題は、チームやメーカーが、V10に回帰する将来を望んでいるのかということだ。これを決めるには、数ヵ月かかるのは間違いないだろう。

Helmut Marko, Red Bull Racing

Helmut Marko, Red Bull Racing

Photo by: Andy Hone / Motorsport Images

「それは、FIAが決めることだ」

 そう語るのは、レッドブルのモータースポーツ・アドバイザーであるヘルムート・マルコ博士である。

「しかしeフューエル(水を電気分解した水素と炭素を原料に作る合成ガソリン。持続可能燃料のひとつ)を使うV10は、良い解決策になるかもしれない。そういうエンジンは、今よりもはるかに安価だ。音ももっと魅力的になる。そしてご存知の通り、電気自動車の普及がうまく機能していないため、ほとんどのメーカーがエンジンに戻りつつある」

「多くの課題が関連していると思う。そして、実際にどんな変化が起きるのかを、より明確にしなければいけない。そして変化を起こすならば、できるだけ早く起こすべきだ」

 各メーカーは新PUの開発に既に巨額の費用を当時ていることから、2026年のレギュレーションを現段階で放棄するのは事実上は不可能だ。しかし、2年後、3年後、あるいは4年後にV10エンジンに切り替えるという妥協案は可能なのだろうか?

 それ以上に、何よりも疑問に思うことがひとつある。それは、この議論を公にしたことに、どんな意味があるのだろうかということだ。

 本来ならば、議論を行なうとしても非公開にしておく方がよかったはずだ。これが公に議論されることで、不快感を覚える人たちも少なくないはず……2026年からの新レギュレーションを理由に、F1に参加するよう会社を説得するために汗を流した人にとっては、特にそうだろう。

 ただF1では、こういう話題が出てくるのは普通のこととも言える。そしてそれが公になった今、魔神を瓶に戻すようなことをするのは、決して簡単ではないだろう。

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