特集|目指すはF1の頂点。アストンマーチンが新設する”330億円の”ファクトリーへ潜入……その本気度が見えてきた
アストンマーチンの建設途中のファクトリーを訪問。世界タイトルを見据えるチームにとっての”ゲームチェンジャー”となる施設の内部を覗いた。
実業家でアストンマーチンのオーナーを務めるローレンス・ストロールが、イギリスの名門スポーツカーブランドをF1に完全復活させる計画を明らかにしてから2年が経過。アストンマーチンの野望は、決して小さなモノではなくなっている。
レーシングポイントからアストンマーチンへと生まれ変わった初年度の2021年からは、チームに4度のF1世界チャンピオンのセバスチャン・ベッテルが加入し、2シーズンに渡って在籍した。そして、2023年からは2度のF1世界チャンピオンであるフェルナンド・アロンソがそのシート引き継ぐこととなった。
ジョーダングランプリから脈々と続くイギリス・シルバーストン拠点のチームはこれまで、エンジニアリングの叡智をグリッド全体からかき集め、比較的少ない予算ながらも何年も中団グループの雄としてF1を戦ってきた。
しかし、その歴史も過去のモノと化すかもしれない。2021年3月、ストロールはアストンマーチンがF1の世界タイトルに挑むための5ヵ年計画を発表。その青写真の大部分を占めるのが最新鋭のファクトリー新設だった。
昨年9月、アストンマーチンはジョーダン時代から使ってきたファクトリー付近に3万7000平方メートルの敷地を確保し、2023年の稼働開始に向けて着工。シルバーストンで起工式が行なわれた際、ストロールはアストンマーチンの新ファクトリーについて、イギリス・ウォーキングにあるマクラーレン・テクノロジー・センターとは”真逆”に、美観ではなく機能を優先させたモノにしたいと説明していた。
Aston Martin Silverstone factory rendering
Photo by: Aston Martin Racing
そして今回、Motorsport.comはアストンマーチンの新ファクトリーを訪問。世界タイトルを見据えるチームの”ゲームチェンジャー”内部を覗いた。
新たなファクトリーは。大きく分けて3段階で建設される。最初の部分は2023年5月には完成予定。こちらはレースチームのメイン棟となり、マシン設計や主要なオペレーションはここで行なわれる。
そして2棟目には新しい風洞が設置され、こちらは2024年の第3四半期にオープン。既存ファクトリーの敷地内に建てられる3棟目には、従業員の体験スペースとイベントスペースが設けられ、3棟全てが橋で結ばれる。
ファクトリーの完成まではまだ長い道のりが残っているが、メイン棟については急速に建設が進められている。レースチームは1階で主に活動を行なうため、建物のデザインが彼らのニーズに合っているか、全ての部門間のフローを円滑にすべく、設計には現場の意見が反映されているという。キャビネットや引き出しの配置など……些細に思えることでも、彼らのプロセスには大きな影響を与える。ファッションよりも機能。設計ではそれらが考慮され、適切に図面へ反映されてきた。
ファクトリーの2階には、細かい仕切りを持たないオープンプランのテクニカルオフィスが設置される。かつてレッドブルで活躍し、アストンマーチンではテクニカルディレクターを務めるダン・ファロウズは、マシンデザインにおいてクリエイティビティを発揮させるためには、開かれた環境が重要だと語っている。
「私は以前、大きなオープンプランのオフィスにいたことがあるが、歩きまわって人と話すことができた」
そうファロウズは言う。
「交流という点では、非常に大きな違いがある。セレンディピティ的交流では、ひとつのトピックを話しているうちに、他のことにまで話が広がっていくことがある。こうした会話は、最もクリエイティブなモノになるケースが多いのだ」
「我々が目指しているのは、まさにそういうことなのだ」
メイン棟の中心には、160mにもなる”ストリート”がある。他チームのファクトリーに見られる迷路のようなレイアウトを避け、建物全体にストリートから容易にアクセスできるようになっている。PC画面が日光に反射して見にくいということを避けるべく北向きに配置された窓も、従業員のことを考えての設計だ。
上層階の窓からはノーサンプトンシャーの田園風景が広がり、ストロールのオフィスの外にあるバルコニーからは、今後このチームの開発を左右することになるであろうシルバーストン・サーキットを望むことができる。
Aston Martin Silverstone factory tour
Photo by: Dom Romney / Motorsport Images
10つあるF1チームの中で最高のファクトリーになるか? アストンマーチンF1チームの代表を務めるマイク・クラックによれば、その質問は「簡単に答えられる」モノ。当然、彼の答えは「イエスだ」
2023年シーズンを戦うアストンマーチン『AMR23』は、既存のファクトリーで設計・製造される最後のマシンとなり、来春には新ファクトリーから2024年型が送り出される。
2025年には、F1で最新の風洞を使用したマシンが登場する。風洞という点では、過去10年以内に風洞を刷新したのは現在建設中のマクラーレンとアストンマーチンの2チームのみということになる。
しかし、このファクトリーがいかに優れたモノだとしても、真の成功の指標は「未来のアストンマーチンがF1を通じて何を成し遂げられられるか」という点にある。
「世界トップクラスの施設になることは間違いないし、必要に応じて24時間いつでもアクセスできるということは非常に重要だ」
ファロウズはそう語る。
「我々が改善を重ね(ランキング上位になれば)、空力試験制限から受ける風洞実験の稼働率も下がる。明らかに、風洞で過ごす時間は少なくなるだろう」
「しかし、自分たちの施設を持つということは、他の実験もできるということであり、それは非常に貴重なことだ。今は、他のチームと風洞を共有しているから、そうした贅沢はできないのだ」
全てをひとつの屋根の下に置くことは、アストンマーチンにとって重要なステップになる。
マシンに搭載するパワーユニットや一部トランスファブル・コンポーネントをメルセデスから購入するというアプローチを当面は続けるものの、この点はどちらにとっても大きなデメリットはない。アストンマーチンとしては、今後マシンの多くの部分を自陣営の手中に置くことができるようになるのだ。
「我々は全てが手元にあることで、解析や製造プロセスの詳細において、外部のスタッフを使うよりもずっと詳細に分析し、改善することができるのだ。それが大きな違いだろう」
ファロウズはそう説明している。
新たなファクトリーは、アストンマーチンが”次のステップ”へ進むために必要なモノを与えてくれるはずだ。そして新ファクトリーが従業員に与えるモチベーションも、チームの後押しになるだろう。
Aston Martin Silverstone factory tour
Photo by: Dom Romney / Motorsport Images
【ギャラリー】アストンマーチン、新ファクトリーツアー
「我々には勢いがある」
クラック代表はそう語る。
「ここ(ファクトリー)に来れば、その気合いが伝わってくるだろう。この道を突き進んでいけると我々は心から信じている」
2億ポンド(約330億円)を投じて新ファクトリーを建設するということは、如何にストロールがアストンマーチンのF1プロジェクトの成功にこだわっているかの裏返し。彼らは長期的な視野に立ち、F1の頂点を目指しているのだ。
アストンマーチンの新ファクトリーは、2021年からF1に導入された予算制限レギュレーションを考慮して建設された初めてのファクトリーとなる。ひとつ屋根の下に全てが集約されることで生まれる効率性は、このレギュレーション下ではより貴重なモノになるだろう。
もしより安く、より早く開発が進めば、より多くのパーツを生産し、さらなるアップデートと投入するための時間と資金を確保することができる。その全てがチームの前進に繋がるのだ。
「全てを自分たちだけで作ることもできるようになるが、買うか作るかも自分たちで決められる。展開が早くなるのだ」
そうクラックは言う。
「より安く作ることができれば、より多くのモノを作ることができるということだ。時間的、経済的な理由でできなかったアップデートを、ひとつでもふたつでも増やすことができる。そういう意味では、良いステップだと思う」
そしてクラックは、新ファクトリーによってもたらされる一番の利益は従業員にあるという。
「その(従業員の)点では、とてつもなく大きな違いになるし、楽になる」とクラックは言う。
「チームのダイナミクスやロジスティクスという面から、私はゲームチェンジャーという言葉を使うことに全面的に賛成だ」
またストロールは、ファクトリーの設計と建設を通じて、全てが”アストンマーチンらしく”あることを望んでいると明言している。長い歴史を持つ名門ブランドとして、ある種の重厚さや品質へのこだわり、成功を追い求める姿勢を持つ必要があるということだ。
2023年の半ばには新ファクトリーへと移転するアストンマーチン。彼らが次のステップへ進み、F1の上位グループの仲間入りをする時、この新ファクトリーが大きな意味を持つであろうし、「本気でF1の頂点を狙いに行く」というライバルへの宣戦布告としての意味を持つかもしれない。
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