前人未到のルーキー王者に近付いたジャック・ビルヌーブ。同じ“2世”のヒルとの対決で「自分には学ぶべきことがたくさんあると気付いた」
ジャック・ビルヌーブは、F1デビューイヤーでデイモン・ヒルとタイトル争いを演じる中で、自分がまだ多くを学ぶ必要があることを思い知らされたと語る。
かつてウイリアムズでチームメイトだったジャック・ビルヌーブとデイモン・ヒルがウイリアムズのポッドキャスト『Team Torque』に出演。当時の思い出話に花を咲かせながら、ふたりが激しいタイトル争いを演じた1996年シーズンについて語った。
今季のF1ではメルセデスは好調なスタートダッシュを切っており、同チームのジョージ・ラッセルとキミ・アントネッリがチャンピオンシップをリードする存在となっている。アントネッリにとっては2年目にしてF1王者となるチャンスが舞い込んできているが、F1デビューイヤーでチャンピオンまであと一歩まで迫ったドライバーのひとりがビルヌーブだ。
ビルヌーブは1996年にF1デビューを果たすまでは、インディカー(CART)で実績を築いていた。1995年にはインディ500を制して年間チャンピオンも獲得、鳴り物入りでのF1参戦であった。
一方のヒルはウイリアムズ4年目で、1994年、1995年とベネトンのミハエル・シューマッハーとタイトル争いを演じた。いずれも敗れはしたものの、既に経験豊富であり、シューマッハーがフェラーリへと移籍したこともあってヒルはチャンピオンの最有力候補であった。
しかし、ビルヌーブはデビュー戦となった開幕戦オーストラリアGPでいきなりポールポジションを獲得。強烈な印象を残した。ただその一方で、ヒルのライバルとして戦う中で、自分にはまだ学ぶべきことが多くあると気付かされたという。
ビルヌーブはヒルにこう語りかけた。
「君はクルマ作りやチーム作りの中心にいて、エイドリアン・ニューウェイと共に勝てるマシンを作り上げようとしていたよね」
「言ってみれば、僕は君の庭に足を踏み入れたわけだ。そしてここに来た瞬間、自分にはまだ学ぶべきことがたくさんあると気づいた。アメリカで勝ってきた経験だけでは不十分だった」
「最初の数戦、予選では君にやられっぱなしだった。メルボルンは例外だけど、あそこは特殊なコースだったし、それ以降はレースでは予選で1秒近くも差をつけられていた」
一方でヒルは、ビルヌーブのデビュー戦でのポールを「かなりすごいことだった」と振り返る。「イラっとしたんじゃない?(笑)」とビルヌーブに問われると、「いやいや、正直それはくれてやるという感じだった。レースに勝てるなら、ポールは君のものでも良かった」と語り、ふたりは笑い合った。
結局タイトル争いは最終戦日本GPまでもつれ、ビルヌーブがわずかながら逆転の望みを残すという状況だった。しかしビルヌーブはピットアウト後にタイヤが脱落するトラブルに見舞われリタイア。ヒルが初のワールドチャンピオンに輝いた。ふたりは共に偉大なF1ドライバーを父に持つ“2世”だったが、ヒルは初の「親子2代ワールドチャンピオン」となった。
「外れたタイヤが僕のことを追い越していって、面白いことになったと思ったよ」と笑うビルヌーブ。激しいタイトル争いの中では、昼食の際にビルヌーブがヒルの分のチキンを奪おうとするといった一幕もあったというが、互いにリスペクトを持って良好な関係を築けていたようだ。
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