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アウディは大企業統治の”罠”を切り抜けられるか? 元レッドブル、ウィートリー代表の覚悟

F1に参戦するサウバーはスイスに拠点を構える事が長らく弱点と見なされてきた。チーム代表のジョナサン・ウィートリーは、新オーナーであるアウディがそれをどのように変えるのか、そしてF1チームのどの部分には手を付けないのかを説明した。

Jonathan Wheatley, Team Principal and Management Board Spokesperson, Sauber Motorsport AG

Jonathan Wheatley, Team Principal and Management Board Spokesperson, Sauber Motorsport AG

写真:: Audi Communications Motorsport

「スイスでの生活は、この仕事に就いて最大の驚きの一つだった」

 2026年からアウディのワークスF1チームとなるサウバーのチーム代表を務めるジョナサン・ウィートリーは、Motorsport.comにそう語った。

「私は今、ツークという場所(アルプス山麓の湖畔の町)に住んでいる。チューリッヒからも近い。この素晴らしい街がすぐそばにあり、妻と私はよく夕方になると座ってこう言うんだ。『信じられないな。これがバカンスじゃなくて、私たちの生活の場なんだ』と」

 ウィートリー代表のようにこうしたライフスタイルへの好意的な捉え方は、スイスに移住した者の間ではよく見られるものだ。しかし、これはF1関係者たちの見方とは必ずしも一致しない。

 長年にわたりサウバーは、スイスに”拠点”を置いているために成功できないと言われ続けてきた。F1界では、拠点をイギリス以外に置くチームは3つしか存在しない。イタリアに拠点を構えるフェラーリとレーシングブルズ、そしてスイスのザウバーだ。

 イギリスのオックスフォードシャー、バッキンガムシャー、ノーサンプトンシャーの3州にまたがって存在する“モータースポーツ・バレー”なら、チームを移籍しても家を引っ越さずに済む。一方でスイス・ヒンウィル(サウバー)、イタリア・マラネロ(フェラーリ)、イタリア・ファエンツァ(レーシングブルズ)に行くなら、より長期的な契約がなければ厳しい。少なくとも引越しは必須だろうからだ。

 レーシングブルズがレッドブル本拠地のミルトンキーンズ・キャンパス内にサテライトオフィスを設けたり、サウバーが最近イギリスのビスター・モーションに類似の新施設を開設したりしていることからも分かるように、イギリスの外に人材を引っ張ってくるのは容易ではない。

 こうした手法によってザウバーやレーシングブルズは“モータースポーツ・バレー”の人材プールから人材発掘を行なえるようになるが、これはチームの団結という面ではやや不利にもなる。

Sauber Motorsport  Technology Centre at Bicester Motion

Sauber Motorsport Technology Centre at Bicester Motion

Photo by: Sauber

「アウディF1プロジェクトに加わる機会を与えられたとき、私はレースとチームの姿ばかりに集中していて、スイスでの生活についてはほとんど考えていなかった」とウィートリーは語る。

「結果的には、とても嬉しい驚きだったと言える」

■トヨタからの教訓

 国境を跨いで移籍することは一部の技術者などにとって潜在的な障害になってくる可能性がある。また歴史的な懸念も、障壁になるかもしれない。

 大手自動車メーカーがF1チームを企業統治の手法で運営しようとして、失敗した事例がある。特に地理的な障壁とマネジメントという2つの主要な問題を象徴する例が、かつてF1に参戦していたトヨタだ。

 トヨタはF1に最も多くの資金を投入しながらも、8シーズン参戦して未勝利という不名誉な記録を打ち立ててしまった。彼らはドイツ・ケルンに本拠地をおいたが、そこで働いた多くのスタッフは、上層部はマシンを速くする方法を探すことよりも、“本社”の期待に応えたり、成績不振の”言い訳”のプレゼンに多くの時間と労力を費やしていたとも報告している。

 さらに企業世界の常として、本社から遠い拠点ほど、派閥や縄張り争いに陥りやすい傾向がある。アウディは2023年初めに、アンドレアス・ザイドルをザウバーのCEOに任命した。そしてそのわずか1年後、自動車部門のCTOだったオリバー・ホフマンをF1チームの役職に就かせた。このふたりはチームの主導権争いに終始することになってしまった。

Oliver Hoffmann, Audi AG Formula 1 General Representative, Andreas Seidl, CEO Audi F1 team, and Nicola Buck, BP SVP marketing

Oliver Hoffmann, Audi AG Formula 1 General Representative, Andreas Seidl, CEO Audi F1 team, and Nicola Buck, BP SVP marketing

Photo by: Audi

 結局ふたりは、2024年7月までに解任。後任として元フェラーリ代表のマッティア・ビノットがCOO兼CTOに就き、ウィートリーがチーム代表に就任する形になった。

 この人事を指揮したのはアウディCEOのゲルノート・デルナーである。

 2024年の1月、デルナーは自動車部門での技術進歩の遅さに不満を抱き、ホフマンを解任することを検討していると報じら。ところが同年3月、アウディがサウバー株式の100%取得を決めたのと同時に、ホフマンをサウバーに異動させた。これは奇妙な動きに見えた。

 結果的にこの一件は、大手自動車メーカーがF1に参入する時には、どんな悪影響が生じるのかということを如実に示しているようにも感じられた。本社の役職を失った幹部がF1部門という“閑職”に移され、自主退職を期待されていたものの、逆に影響力を確保するために権限を拡大しよう強引な手段に出て最終的に解任され、新体制に交代……そういう悪影響だ。

 昨年のイタリアGPの際に行なわれた会見でデルナーがビノットの隣に座り「このプロジェクトを企業的プロセスから遠ざける必要があることは完全に認識している」と述べた。これについては、前述のザイドルとホフマンの事例があった直後だったこともあり、多くの出席者が半ば呆れた表情を見せた。

 今後の注目点は、ビノットやウィートリーらが自由に仕事を進められるか、それとも成績不振が続けば再び“粛清”が行なわれるのか、という点だ。今季のザウバーはシーズン序盤には成績が低迷……しかし粛清は行なわれず、次第にチームの成績も上向きつつある。

 ウィートリー代表は、ベネトン/ルノーやレッドブルでキャリアを積んできた人物であり、これらのチームでは独立性と企業への忠誠心を巧みに融合させていた。彼はこういった組織で生き抜くための術を心得ていると言っていいだろう。

Mattia Binotto, Sauber

Mattia Binotto, Sauber

Photo by: Andy Hone/ LAT Images via Getty Images

「もちろん、受け入れなければならない手法もある」とウィートリー代表は言う。

「彼ら(アウディ)は我々を理解しようとしており、我々も彼らを理解しつつある」

「しかし大事なのは、デルナーが我々を“スピードボート”と表現していたように、我々はF1という専門領域を進んでいるということだ。我々は取締役会から全面的な支持を受けているし、これは素晴らしいことだ。今の仕事の進め方には大いに満足している」

「マッティア、そして私がここにいることを考えれば、これまでに様々な話し合いが重ねられてきたことは想像できるだろう。ただ私が今ここにいられるのは、まさに12ヵ月前にデルナーが示してくれた刺激的なアプローチのおかげなんだ」

「彼らは非常に賢明だし、この領域にはグループ内と同じ哲学をそのまま適用できないことをよく理解している」

「とはいえ、我々はこのブランド(アウディ)を代表する立場だ。そのため最も重要で、最大の協力関係は、我々が正しくコミュニケーションし、ブランドを代表しているという立場を明確にすることだ」

 なお近年では、「スーパースター」とも言える著名な人材を採用するのではなく、チームの既存スタッフをより効果的に登用し、チームを再構築することで、より競争力のある存在へと変えるというのがトレンドとなっている。アンドレア・ステラをチーム代表に起用したマクラーレンが、その好例だと言えよう。

Andrea Stella, McLaren

Andrea Stella, McLaren

Photo by: Steven Tee / LAT Images via Getty Images

 もちろん、マクラーレンも他チームから人材の引き抜きは行なっている。例えばチーフデザイナーのロブ・マーシャルは、レッドブルでチーフ・エンジニアリングオフィサーを務めていた人物だ。役職名としては昇進とは見えないかもしれないが、彼の強みのひとつは、部門間の調整役として機能することであり、特定の車体コンポーネントに自身の色を強く押し付けることではない。

 またデビッド・サンチェスもフェラーリから加入したが、わずか3ヵ月でチームを離れた。最終的なエンジニアリング体制が彼の期待するようなモノではなかったので、異例の早期での離脱が許可されたのだ。

 F1はイノベーションのビジネスだ。そのため組織構造に関して重要なのは「機能するかどうか」なのだ。

 他チームでは、アストンマーティンがダン・ファローズというキャリアある技術者を雇ったものの、比較的早くチームを去った。結果の面でも、大きな成果を得られなかった。ローレンス・ストロールという”短気な”大富豪がチームの舵を取っているため、チームの首脳陣は「移行期だから」という言い訳を繰り返している、そんな風にも見える。

 ウィートリー代表は、自分が積極的に動く前にサウバーの運営体制についてもっと知る必要があると述べる。勝てる組織がどのようなものか、彼は理解しているからだ。

 著名なスタッフを外部から招聘することは、株主とファクトリーの既存スタッフとでは、受け取るメッセージが異なる可能性がある。外部から著名なスタッフを獲得してくることは、例えば既存のスタッフたちに「不満があるからそうした」と伝わりかねない。

「バランスが重要だ」とウィートリー代表は言う。

「本当に迅速な対応が必要な分野もあり、そこでは新たなリーダーシップが必要な場合もある。私がここに来てから、そういうケースはそれほど多くはない」

「そして、組織内の将来のスター候補を見極め、育成する必要がある。なぜなら、常に外部から人材を採るだけでは、どのような文化を築いていけるのかよう分からない」

「もし我々があらゆる分野において層の厚い真のワークスF1チームになるのであれば、若いうちから人材を採用し、育成し、アウディF1チームの理念を教え込む必要がある」

「我々は自らの人材を育てなければならないし、その点については順調に進んでいる。マッティアは非常に興味深い若手エンジニア育成プログラムを進行中であり、私は組織の中で確かに状況が好転しつつあることを感じている」

 サウバーは2025年のF1前半戦最後の6戦で45ポイントを獲得。この数字は、レッドブルよりも6ポイント少ないだけであり、全10チーム中5番目に多い獲得ポイント数である。このことを踏まえれば、ウィートリーの言葉に反論するのは難しいだろう。

 

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