F1
21 5月
-
24 5月
Canceled
04 6月
-
07 6月
Canceled
11 6月
-
14 6月
Postponed
25 6月
-
28 6月
Postponed
03 7月
-
05 7月
イベントは終了しました
10 7月
-
12 7月
イベントは終了しました
R
ハンガリーGP
17 7月
-
19 7月
次のセッションまで……
2 days
31 7月
-
02 8月
次のセッションまで……
16 days
R
F1 70周年記念GP
07 8月
-
09 8月
次のセッションまで……
23 days
R
スペインGP
14 8月
-
16 8月
次のセッションまで……
30 days
28 8月
-
30 8月
次のセッションまで……
44 days
R
イタリアGP
04 9月
-
06 9月
次のセッションまで……
51 days
R
シンガポールGP
17 9月
-
20 9月
Canceled
R
ロシアGP
25 9月
-
27 9月
次のセッションまで……
72 days
08 10月
-
11 10月
Canceled
23 10月
-
25 10月
次のセッションまで……
100 days
R
メキシコGP
30 10月
-
01 11月
次のセッションまで……
107 days
R
ブラジルGP
13 11月
-
15 11月
次のセッションまで……
121 days
R
アブダビGP
27 11月
-
29 11月
次のセッションまで……
135 days

クビサ、F1で唯一勝利を挙げた2008年を回顧「チャンピオンを狙えたはず」

シェア
コメント
クビサ、F1で唯一勝利を挙げた2008年を回顧「チャンピオンを狙えたはず」
執筆:
, Grand prix editor
協力: Stuart Codling
2020/06/23 3:29

ロバート・クビサは、BMWがマシン開発をシーズン半ばで中止した2008年は、F1チャンピオンを狙えたはずだと、未だに後悔していると語った。

 ロバート・クビサは、F1初優勝を飾った2008年はチャンピオンを狙えたはずだと今も後悔していると明かした。

 当時BMWザウバーに所属していたクビサは、2008年のシーズン序盤から表彰台争いを展開。第7戦カナダGPで優勝を飾り、初めてドライバーズランキングのトップに立った。シーズン折り返しを迎えた時点でも、ランキング首位から2ポイント差と、フェラーリやマクラーレンを相手にチャンピオン争いを繰り広げた。

 しかしBMWはシーズン中盤から、KERS(運動エネルギー回生システム)が導入されるなどレギュレーションが大きく変更される2009年のマシン開発にシフトすることを決断。一方でフェラーリやマクラーレンは2008年マシンのアップグレードを続けたため、BMWザウバーのパフォーマンスは相対的に下がっていった。

 シーズン後半も3度表彰台を獲得したクビサだったが、この年のチャンピオンとなったルイス・ハミルトン(当時マクラーレン)とは23ポイント差のランキング4位でシーズンを終えた。

 さらに2009年のBMWザウバーは競争力がなく、シーズン前半でKERSの開発を中止。BMWは7月末の段階で、この年限りでF1から撤退すると発表した。

Read Also:

 クビサは、2008年にマシン開発を中止したのは間違いだと考えており、今もその考えは変わっていないという。

「僕は12年前とまったく同じ見解を持っている。僕がチャンピオンシップを戦う唯一のチャンスかもしれないと感じていたんだ」

 クビサはGPレーシングにそう語った。

「僕たちは最速のマシンは持っていなかった。それは事実だ。通常は、最速のマシンが優勝するが、常にそうなるとは限らない」

「他人のミスやシーズン序盤に良い仕事をするなど、どんな理由であれ、最速のマシンがないのに僕たちはチャンピオンシップをリードしていたんだ」

「チャンスを活用する必要がある。人生で2度目のチャンスがあるかは分からないからだ。10年経って、僕は一緒に働いたメカニック数人とあったけど、彼らも全く同じ見解だった。そして彼らもそれを後悔していた。結局、僕たちには2度目のチャンスはなかったんだ」

 クビサは数字上、2位フィニッシュを果たした日本GPまでチャンピオンの可能性を残していた。2レースを残して希望は絶たれたが、この年タイトルを争ったハミルトンとフェリペ・マッサ(フェラーリ)にミスやトラブルも多く、クビサとBMWは十分タイトルを争えたのだ。

「誰もシーズンを支配していなかった。フェラーリとマクラーレンはいくつかのトラックで他のチームよりも強かったけど、技術的な問題やミスを犯したりしていた。それが僕がマシンが最速ではないのにチャンピオンシップをリードし、長い間戦いにとどまれた理由だ」

「富士の予選でチームメイトのニック(ハイドフェルド)が16番手だったのに、僕が6番手だったことを覚えている。パフォーマンスは高くなかった。でも1周目をリードして、2位でフィニッシュした。その3ヵ月前にテストしていたパーツをつけていれば、レースに勝てたと思う」

「僕はまだそれについて後悔しているが、僕はそうしたポジションにいられたことを幸運だとも感じている。なぜなら、そのようなチャンスを得たことのない才能あるドライバーもたくさんいるからだ」

Read Also:

次の記事
憧れの人の代役を務め、跳ね馬”1戦限り”のシートを手に……モルビデリの想い

前の記事

憧れの人の代役を務め、跳ね馬”1戦限り”のシートを手に……モルビデリの想い

次の記事

規則変更によって、F1の2極化は終わりを告げる? チーム間の“同盟”にも影響か

規則変更によって、F1の2極化は終わりを告げる? チーム間の“同盟”にも影響か
コメントを読み込む

この記事について

シリーズ F1
ドライバー ロバート クビサ
執筆者 Luke Smith