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終盤の猛追にも、ルクレールは冷静だった? 「“許容範囲”ギリギリを攻めた」

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終盤の猛追にも、ルクレールは冷静だった? 「“許容範囲”ギリギリを攻めた」
執筆:
2019/09/11 3:21

シャルル・ルクレールは、自身がイタリアGPで見せたディフェンスが“許容範囲ギリギリ”であることを理解していたようだ。

 F1イタリアGPで優勝し、フェラーリに2010年以来の母国GPでの勝利をもたらしたシャルル・ルクレール。レース中、彼はルイス・ハミルトン(メルセデス)からの猛攻を受けたが、それをなんとか凌ぎきった。

 その攻防の中では、ルクレールによる“際どい”動きもいくつかあった。中でも第2シケイン手前でハミルトンがオーバーテイクを試みた際のルクレールのライン変更には、警告を意味する黒白旗が掲示された。

 ただルクレールは、ハミルトンから首位を守りきるためにあえて許容範囲ギリギリの動きをしたといい、その許容範囲をしっかりと理解していたと語った。

「僕はあれが限界ギリギリ(の行為)だということは分かっていた」とルクレールは語った。

「レース終盤は、勝利を手にするためにできることは全てしたかった」

「許容範囲ギリギリを攻めたんだ。そしてその結果(フェラーリの)ホームレースで勝てたことはとても嬉しい」

 ルクレールはこれで、F1初優勝を遂げたベルギーGPに続いて2連勝となった。彼はこの2勝によって、自身のフェラーリ抜擢が時期尚早だったのではないかという議論に対する“答え”を提示できたと考えている。

「間違いなくいい感じだ。シーズン開幕当初は簡単な状況ではなくて、いくつかミスもしたし、そういった点では少し若さが出ていたと思う。ただ、それは言い訳ではない。シーズン序盤から成長することができたと思っているんだ」

「僕が(フェラーリに抜擢されるには)若すぎるという批判があることは理解していた。F1参戦2年目で既にフェラーリにいるというのは、確かに早いと思う。僕のことを信じてくれていたフェラーリには感謝しかないよ。たくさんのデータを見て分析してくれたのだろう。簡単な決断ではないはずだ」

「このような結果を得られたことを、本当に嬉しく思う。僕は人々が思っているよりもしっかりが準備できているということを証明できたしね」

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