F1仕事の流儀:フィジオ編「ドライバーの“右腕”として、心身共にサポート」
F1サーカスに関わる人間の中で、テレビに映る者はごくわずかだ。このシリーズでは、F1に関わる様々な人々に密着していく。今回はカルロス・サインツJr.担当フィジオ(トレーナー)、ルパート・マンウェアリングだ。
■私の仕事
僕の仕事は、カルロス・サインツJr.のパフォーマンスコーチだ。彼がクルマに乗る必要がある時はいつでも、彼の精神的、肉体的準備ができているように準備をするんだ。役割としてはかなり広くて、彼の身体トレーニングや栄養管理、スポーツセラピー、彼の体調を整えるなど、多岐にわたる。彼がその時に抱えている小さな悩みを、可能な限りベストな形で管理するのも僕の仕事だ。僕はドライバーの右腕のようなものなんだ。
2015年の終わりから一緒に仕事をしているので、彼のことはよく知っている。常に勉強の日々だけど、レーシングドライバーである彼にとって、何がうまく機能するかはよく分かっているつもりだ。彼の周りが適切な雰囲気と環境になるようにし、精神的、肉体的に最高の状態を保って最高のパフォーマンスを発揮できるように手助けをするんだ。
■レースウィークエンドのスケジュール
僕たちは通常、木曜日にトラックに到着する。カルロスはエンジニアとのミーティングにかなり時間をかけるし、プレス対応やマーケティング活動をする責任もある。僕の仕事は、チームに合流した後、週末に僕たちふたりが使えるように、ドライバーズルームをセットアップすることだ。彼のキットや装備に関する作業など、小さな仕事がたくさんあるけど、全てが必要なことなんだ。
それから、彼の週末の食事プランの準備が整っていることを確認するために、キッチンで少し時間を費やす。利用できる食べ物に関していくつか変更がある時もあって、そういう時は少しルーティーンから逸脱しなければいけないけど、僕たちは物事をできるだけ規則的かつ普通に保つようにしている。だから驚きはないんだ。
次に、彼のスケジュールをコミュニケーションチームに確認し、僕たちが必要としている時間が確保されているか、人間としてのパフォーマンスが考慮されているかを確認する。
Carlos Sainz Jr. and Rupert Manwaring
Photo by: Andy Hone / Motorsport Images
金曜日は、FP1とFP2を中心にスケジュールを組む。朝トラックに到着した後、彼とウォームアップのルーティーンを実施し、すべてが正常で、彼の体調が良いことを確認する。言うまでもなく、次は食事のプランが実行に移される。FP1とFP2の前には、フル・ウォームアップも行なう。FP1の後には軽食を用意し、少し休憩する。彼はミーティングをするので、その間にFP2の準備をするんだ。
FP2まで順調に進んでいれば、彼は多くの周回を走っているだろう。言うまでもなく、彼は週末初めてクルマに乗ったことになるので、金曜日の夜はスポーツ・マッサージを行なうだろう。彼に怪我や痛み、違和感を覚える場所がある時は、そのチェックをする。さらにマッサージや、何か対処が必要になった時は、僕の腕の見せ所だ。
土曜日のスタートは少し遅いから、僕はホテルで彼のチェックをする。エネルギーを無駄にしたくないので、とても軽いセッションをするんだ。繰り返しになるけど、体調が万全か、予選がある非常に緊迫した1日に対する準備ができているかを確認する。
全てが分単位でスケジューリングされていて、ルーティーンは彼にとってとても慣れ親しんだ状態に保たれているため、彼は本当に必要なことに集中することができる。僕の役割の一部は、彼にとって不必要なストレスや邪念を取り除くことなんだ。
ご存知のように、予選はドライバーにとって、週末の中でもかなりストレスフルな時間だ。だから土曜日の夜は精神的にリセットする必要がある。次の日のためにしっかりと”燃料”を入れるべく、土曜日の夜はよりしっかりした食事を摂るだろう。
日曜日の朝も彼をチェックし、少し長くウォームアップをする。予選がどうだったかによっては、レースについて彼が肉体的、精神的にどう感じているか、少し話し合うかもしれない。それから、あとはただそこにいる。あまり細かいところまで干渉しないようにするんだ。でも、全ては彼がレースに向けて心を決めているかどうか次第だ。もし彼が何か嫌な考えに囚われているようなら、僕は彼を安心させようとやってみる。大抵、決勝日のカルロスはかなり集中できているけどね。
あとはレース前の最終準備だ。レーススタートに近づくにつれ、水分と栄養の補給が適切に行なわれるようにしていく。水分補給は、どのレースを戦うかによってかなり変化する可能性のある要素だ。
例えばシンガポールでは、それがより大きな役割を果たす。シンガポールではカルロスが大好きな氷浴にしばらく時間を費やし、彼の体温をできるだけ低くするようにしている。それから、ボクシングや反射神経、首のストレッチなど、レースに向けて通常のウォームアップをする。それからグリッドに行くんだ。
Carlos Sainz Jr., McLaren
Photo by: Steven Tee / Motorsport Images
グリッドへ向かうレコノサンスラップを終えて、彼がクルマから降りてからも少し時間がある。そこでも少しウォームアップをするかもしれない。もう一度、彼の反射神経をテストするのに5分かかるが、その時点で全てが計画通りに進んでいれば、彼がクルマに乗り込み仕事をする準備ができているということだ。
そして日曜日の夜だ……。夜の計画を決める前に、レースがどうなっているか見てみよう。時には空港に急いでいるときもあるし、うまくいった時はそのリザルトを祝うために、エンジニアと一緒にリラックスして食事をしているかもしれない。それとも、チームが集まって数週間後のレースに向けて再び集中しているかもしれない。
■私の仕事で最も重要なこと
最も重要なのは間違いなくドライバーの精神的な健康だ。ドライバーが仕事をするのに最適な精神状態にあるようにしないといけない。もちろんフィジカル面も重要だけど、自信を持ってハッピーなドライバーの方が、より良いパフォーマンスを発揮する可能性が高いと言えるだろう。
■これなしでは仕事ができない3つのツール
僕の週末はスケジュール帳と共に始まる。週末の予定を組む上で、これは非常に重要なツールだ。これを見れば、日々何をするかのプランが確認でき、より集中することができる。
ふたつ目はスペース。時によってはパドックが狭いこともあるが、その中でもウォームアップをするためのスペースを確保して、精神的にリセットをする必要がある。
そして3つ目は……熟練のケータリングチームだろうか。もちろん様々な観点から栄養補給は重要だ。優秀なケータリングチームがいれば、ドライバーを満足させ、セッションを戦うために十分な“燃料”を与えられる。ありがたいことにマクラーレンにはそれがあるんだ。
Rupert Manwaring, performance coach of Carlos Sainz Jr.
Photo by: McLaren
■最もよく接する人
まずはカルロスのマネージャー、カルロス・オノロだ。僕たちはカルロス(サインツJr.)のスケジュールを一緒に考えているし、カルロスに関する全ての責任を負っている。
そしてコミュニケーションの面でカルロスをサポートしてくれるシャーロット・セフトン。彼女ともカルロスのスケジュールについて連絡を取り合っている。彼女はカルロスのドリンクボトルをドライバーズパレードに向けて準備してくれたりと、僕のことを助けてくれるし、時には彼女がアポイントに間に合うよう、僕の方がサポートをしたりする。
3人目はカルロスのレースエンジニアだ。ドライブの観点から、レースウィークエンドがどのように進んでいくのかを把握するためだね。そして必要があれば、彼にリマインドしてあげたりもする。毎週末話をするのは、この3人がメインだ。
■サーキットにいない時
レースとレースの間では、基本的にイギリスに戻っている。カルロスも僕もファクトリーの近くに住んでいるんだ。だからカルロスはファクトリーでエンジニアとミーティングをしたりシミュレータを利用したりするけど、僕とも数日間のトレーニングキャンプをしたりする。メニューはランニングといった有酸素運動やカート、ボクシング、スカッシュ、筋力トレーニングなど。筋力トレーニングでは肩、首、お尻の筋肉、体幹を重点的に鍛える。内容は次のレースで求められるものによって調整される。
それは(時間がある時に行なう)大掛かりなセッションであって、基本的にはレース後の月曜か火曜に、疲れた体をリセットさせるためにマッサージをしている。
■もし私がいなければ……
僕のサポートがなければ……最悪だよね! 彼は財布をあちこちに忘れてくるし、携帯も置きっ放しにするし、傘の置き方も指導しないといけないし……そんな感じだからね! あと彼はドリンクボトルも自分で入れないといけなくなるね……。
冗談はさておき、確かに最初は彼も(自分がいないことで)ストレスを感じるだろうけど、うまく対処する方法を見つけるだろう。でも彼が僕たちの関係や僕が与えるものに価値を見出してくれて、僕が側にいることを望んでいて欲しいなと思っている。
Carlos Sainz Jr., McLaren
Photo by: Steven Tee / Motorsport Images
■私にとってF1とは
F1は最もユニークなスポーツのひとつだ。数え切れないほどの要素が絡んでいて、コントロールできるものもあれば、コントロールできないものもある。
だから例えばマシンが壊れてしまった時などに、イライラしてしまうこともある。でも全てがうまくまとまった時には、私がこれまで働いてきた中でも最もエキサイティングでやりがいのあるものになる。技術的な要素、工学的な要素、そして人間の技術が見事に融合して驚くほど魅力的なスポーツになっていると思う。
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