F1仕事の流儀:チーフメカニック編「機械だけでなく、人を動かす力が重要」
F1サーカスに関わる人間の中で、テレビに映る者はごくわずかだ。このシリーズでは、F1に関わる様々な人々に密着していく。今回はハースのチーフメカニック、マット・スコットに話を聞いた。
Matt Scott, Chief Mechanic, Haas F1 Team
Andy Hone / Motorsport Images
■私の仕事
私の仕事はハースF1チームのチーフメカニックだ。主にメカニックたちをサポートし、上層部からの情報を伝達することが仕事だ。デザインチームや車両パフォーマンスグループからの情報が、エンジニアリングコーディネーターやレースエンジニアを経て私に伝わる。そして毎回のレースに向けてそれらを管理し、マシンを作り上げていく。
キャリアを重ねるにつれて、私がマシン自体に関わることは少なくなった。しかし、マシンに関わる仕事は大好きだ。我々のメカニックのほとんどは、クルマ、特にF1マシンを扱うことを楽しんでいると思う。クラッシュなど何か起こった際には私も手伝うことがあるが、基本的には私がメカニックたちの邪魔をするよりも、サポートに回った方が良いと思っている。
現在の私の役割は、メカニックのグループを管理して我々が直面している状況に対処していくことだ。それはF1マシンの面倒を見ることよりも複雑だったりする。レースカーに問題がある場合、そこには必ず具体的な欠陥がある。だからそれを浮き彫りにして、コンピューターで処理してしまえばいい。でもマシンに関する作業をしている人間は大抵の場合大きなストレスを抱えている。そんな彼らのやる気を引き出し、維持させるのは難しいことなのだ。
Kevin Magnussen, Haas F1 Team VF-20
Photo by: Andrew Hone / Motorsport Images
■レースウィークエンドのスケジュール
メカニックは基本的に火曜日の午後にサーキットにやってきて、技術者がガレージでセットアップを完成させるのを手伝う。そしてマシンの組み立て自体は水曜に始まる。水曜の朝にはミーティングが行なわれ、エンジニアリングコーディネーターやレースエンジニアも参加する。ここでレースに向けてどのような準備をするのかを説明する。そこからは金曜日のフリー走行に向けてクルマ作りを始める。
あまり知られていないことだが、エンジンなどパワーユニットの各種パーツがサプライヤーから届くのは水曜の午後以降になるので、マシンが完成するのは木曜になる。
木曜日は精査をする日なので、この時点でマシンはある程度形になっている必要がある。今すぐコースに出られる状態にまでしておく必要はないが、安全性やパフォーマンスの確認ができる状態にはしておかないといけない。そしてピットストップの練習が済んだら、マシンを完璧な状態にしてからサーキットを後にする。
金曜の朝までには何もすることがない状態にしておく。確かに(スタッフがサーキットに到着してから)FP1までには3時間あるが、何らかのトラブルが起こる可能性を考えると、木曜夜には準備を終わらせておく必要がある。
走行が始まる前に、まずマシンに火を入れるための準備をする。マシンの各コンポーネントを温め、温度が安定したらそのままの状態にしておくんだ。その後にも色々と行程がある。マシンに火が入ると、全てのシステムチェックを行なう。準備を時間通りに終わらせるのは最も重要なことのひとつだ。『いや、大丈夫だ。あと5分で終わるから』などと言うわけにはいかない。貴重な走行時間を失うからだ。これが良い週末とするための鍵となる。
土曜日の朝も同じ流れだ。ただマシンに関しては少し違う。金曜夜の段階で“テストカー”から“レースカー”に改造しておくんだ。土曜日にはFIAが各コンポーネントの変更を凍結するから、空力パーツや冷却オプションの追加など、金曜日の走行を踏まえてセットアップや仕様変更をする。FP3と予選の間にはほとんど時間がないので、土曜朝の段階でそのマシンはレースカーになっているんだ。
土曜のセッションが終わったら、マシンはパルクフェルメに保管される。うまくいけばここで少しばかり休むことができる。問題などが発生しなければ、予選終了後5時間くらいはフリーだ。
メカニックたちにとっては、日曜日はほとんどピットストップのために割かれる。彼らは木曜から日曜の朝まで、フリー走行の時間などを活用しながらたくさん練習をする。
Kevin Magnussen, Haas F1 Team VF-20
Photo by: Andrew Hone / Motorsport Images
決勝のグリッドに着いたら、そこからスタートまで40分時間がある。そこではパフォーマンスエンジニアとデータエンジニアがシステムチェックを行なう。変更できるものはかなり限られているので、大抵は信頼性に関するものをチェックする。マシンの温度は常に監視されている。冷たく保たれているもののあれば、熱く保たれているものもある。
ドライバーは国歌斉唱の為に整列しに行き、また戻ってきてマシンに乗り込む。皆できる限り冷静でいようとしている。そんな中でレースに向けてのカウントダウンが始まっていくので、我々はレースに向けてマシンをリリースするための作業をする。
全てが滞りなく進めば、マシンはパルクフェルメのどこかに戻ってくる。そして車検が行なわれ、そこにいる全員が納得すればマシンは解放される。その頃には観客は帰路についている。皆良い一日だったとしみじみしている頃だが、我々にはあと7〜8時間仕事が残っている。マシンを分解して、パワーユニットをサプライヤーに返却して、全てを梱包する。そしてガレージが空になったら、ホテルに戻ってビールを飲むんだ。
■私の仕事で最も重要なこと
私にとっては、情報を出来るだけ確実に、効率的に伝達することだと思っている。マシンを正確に組み立てることは非常に重要だ。当たり前のように聞こえるかもしれないが、パーツの仕様が合っているかどうかは大きな違いを生む。何百とあるパーツの中から、ブレーキダクトやエアロパーツの仕様を間違ってしまうと、せっかくとったデータが台無しになってしまう。だからマシンの準備においては細部まで気を配ることが極めて重要になってくる。
ただやはり、こういった管理職に就いて気付いたことは、人々のモチベーションを上げることは非常に重要だ。モチベーションに溢れた人たちが集まってグループとなり、その作業を楽しむことができれば、ミスは少なくなる。皆がやる気に満ちていて戦う準備ができていれば、私の仕事も楽になる。
Romain Grosjean, Haas F1 Team VF-20
Photo by: Andy Hone / Motorsport Images
■これなしでは仕事ができない3つのツール
人を道具と言うと聞こえは悪いかもしれないが、私と共に働いてくれるメカニックたちがいないと私がその責務を果たすことはできない。彼らに情報を与え、彼らのモチベーションを高く保てるようにしている。
ふたつ目は当たり前かもしれないが、仕事用のパソコンだ。情報は世界中からインターネットを通して集まってくる。我々にはトラックサイドだけでなく、イタリア、アメリカ、そしてイギリスにもスタッフがいるし、彼らとコミュニケーションを取ることは欠かせない。
3つ目はそうだな……ここで10mmのスパナだとか、ホイールガンを挙げるのは簡単だ。でももっと必要なツールは、情熱だとかそういったものだと思う。常に前を向いて頑張れなくなったら、そっちの方が大変なことになりそうだからだ。
■最もよく接する人
メカニック、これは言うまでもないだろう。ガレージでは常に彼らと時間を共にし、彼らをサポートしている。彼らが最高の仕事ができるように取り組んでいるんだ。そしてエンジニアリングコーディネーターともよくコミュニケーションをとっている。彼らはエンジニアリングについての計画やマシンの仕様に関するものを持ってきてくれる。あとは信頼性エンジニア。彼女はトラックやファクトリーで起きたことに敏感で、過去に起きた問題や懸念を見逃さないようにしてくれている。
Matt Scott, Chief Mechanic, Haas F1 Team and Ayao Komatsu, Chief Race Engineer, Haas F1 Team
Photo by: Andy Hone / Motorsport Images
■サーキットにいない時
私には娘がふたりいる。だからふたりと多くの時間を過ごしている。また私はモータースポーツやレースに関連することが好きなので、それに関する様々な活動をしている。ただシーズン中は趣味にいそしむことは難しい。レースから帰ってきても、大抵休みは1日しかないんだ。
シーズンが複雑で長くなればなるほど、レース部隊がファクトリーですることは少なくなる。ヨーロッパを転戦中の時であれば、シャシーや主要コンポーネントを陸路でファクトリーまで運ぶことができるので、我々もファクトリーに行って2、3日作業をする。例えば機材の整備やピットストップの練習などだ。
ただフライアウェイ戦になると、そうもいかない。もちろん、何かを整備してもらうために送ることはある。でも我々はファクトリーの人たちを信頼しているので、安心して任せられる。
■もし私がいなければ……
個人的には、皆が動揺して寂しく感じて欲しいところだ。役割という意味で言うと……チーフメカニックがいないと情報伝達の流れが悪くなると思う。
クルー全員が非常に多忙なので、その接点となる人間が必要だ。彼らは情報を即座に手に入れる必要がある。あとこのような仕事をしていると、私自身が何でも屋のような存在になっていく。でもそのような人がいないと、皆がそれぞれの役割に一生懸命で、全体像を見れる人が誰もいなくなってしまう。
■私にとってF1とは
F1はモータースポーツの最高峰だ。マシンももちろん好きだが、そのテクノロジーやレースも好きだ。それらが組み合わさることでこのスポーツを魅力的にしているし、それらが組み合わさってこそのF1なんだ。
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