涙のベッテル、イモラでのアイルトン・セナ追悼ランで“オーストリア国旗”も掲げる「彼が果たせなかったことを……」
アイルトン・セナの追悼デモランをイモラ・サーキットで実施したセバスチャン・ベッテル。走行中には同じく同地で事故死したローランド・ラッツェンバーガーの母国オーストリア国旗も掲げ、セナが果たせなかった「仕事を終えた」と感慨深げに語った。
イモラ・サーキットで開催されたF1エミリア・ロマーニャGP。今月は1994年5月1日にイモラでアイルトン・セナが亡くなってから30年目にあたり、4度のF1世界チャンピオンであるセバスチャン・ベッテルは、この週末にマクラーレンMP4/8で追悼デモランを実施した。
その際、ベッテルはオーストリア国旗も掲げ、セナが果たせなかった「仕事を終えた」と感慨深げに明かした。
1994年のサンマリノGPではフリー走行でルーベンス・バリチェロが大クラッシュし、オーストリア人のローランド・ラッツェンバーガーが予選中のクラッシュで命を落とした。
このラッツェンバーガーの死はセナの心を揺さぶった。クラッシュしたセナのマシンの残骸の中からは、セナがクールダウンラップ中にラッツェンバーガーを称えるはずだったオーストリア国旗が発見された。
そうした背景から、ベッテルはセナ一家の理解を得て、セナをオマージュした追悼デモランを実施した。
ブラジルとオーストリアの国旗を掲げイモラを走ったベッテルは、セナの計画を「終えることができた」と語った。
「明らかに、ブラジル国旗はセナがレース後によくやっていたことだ」とベッテルは説明した。
「でも僕は同じ話(セナがオーストリア国旗をマシンに持ち込んでいたこと)を知っている。それに関して、やるべきことを終えるのが正しいことかどうか考えていた」
「終ることはないと思うし、終わらせるのではなく、みんなの記憶に残るようにしたかったんだ」
「ふたつの旗を掲げた時は特別な感じがした。僕にとっては非常に特別で、とても意味のある週末だった」
Sebastian Vettel drives Ayrton Senna's McLaren MP4/8
Photo by: Mark Sutton / Motorsport Images
またベッテルは、今回のデモランがキャリアの中でも「最も強い感情」が湧き出した出来事のひとつだと語った。
イモラで観客からの熱烈な歓迎を受けながらのデモランに涙したかと尋ねられたベッテルは次のように答えた。
「ああ、間違いなくね。言葉にするのは難しいけど、レースをしているわけでもなく、サーキットにただひとりでいたのに、ハンドルを握っていて最も強い感情を感じたひとつの出来事だったと思う」
「信じられないよ。旗を掲げた時、人々は……とてもパワフルだった」
「勇気を出してセナの家族を招待したことにも満足している。ポジティブな反応のみ得られた」
「彼には思いやりがあり、勇気があった。教育を推し進め、自国の貧困と闘おうとしていた」
「色々な意味で、彼は当時の人間として、またレーシングドライバーとして先を行っていた」
「それゆえに、特にこれから出てくる若いドライバーたちに伝えるべき、とても重要でパワフルな物語なんだ」
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