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アイルトン・セナが決勝進出を逃した唯一のグランプリ:1984年サンマリノGP

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アイルトン・セナが決勝進出を逃した唯一のグランプリ:1984年サンマリノGP
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F1の歴史に残る大スター、アイルトンセナ。そんな彼も一度だけ予選落ちを喫したことがある。

 ドライバーズタイトル3回、優勝41回などF1史に残る実績を残したアイルトン・セナ。彼は特に予選でのパフォーマンスに優れており、歴代3位となる65回のポールポジションを獲得したが、そんな中で彼が唯一予選落ちを喫したグランプリがあった。1984年のサンマリノGPである。

 セナは1984年にトールマンからF1デビューを果たした。トールマンはこの年の序盤、前年の改良型マシンである『TG183B』を使用していたが、もはや戦える代物ではないことは明らかだった。しかしながら、大きく改善されたニューマシン『TG184』が登場するまで、セナは戦闘力の低いマシンで戦う他なかったのだ。

 それに加え、トールマンが使用しているピレリタイヤのポテンシャルが低いことも、セナのフラストレーションとなった。開幕戦ブラジルGPでは、タイヤのラバーが剥離する問題に苦しめられた。なお、この年の上位チームは、マクラーレンやルノー、ブラバムがミシュランタイヤ、フェラーリとウイリアムズがグッドイヤータイヤを使用していたが、セナはトールマンがミシュランタイヤにスイッチすることを望んでおり、実際にその準備は進んでいた。

 セナは第2戦南アフリカGPで初入賞(6位)を飾るも、第3戦ベルギーGPではハートエンジンのミスファイアによって苦しい週末を過ごし、入賞にあと一歩届かず7位に終わっていた(その後、“水タンク事件”が発覚したティレル勢が全リザルト剥奪処分を受けたため、6位に繰り上げ)。そんな中で第4戦サンマリノGPの舞台であるイモラ・サーキットに到着した。

 レースウィーク初日の金曜日、イモラのパドックに驚きの情報が入った。ピレリとのタイヤ供給を巡る政治闘争の影響で、トールマンはセッション初日を走らないと発表したのだ。

 トールマンの拠点があるイギリスのブレントウッドからメッセージが届き、ピレリとの意見の相違があったため、チームはマシンを走らせないように、との通達が届いた。

 これによりセナとチームメイトのジョニー・チェコットは、セッション初日を欠席。土曜日の予選2日目に全てをかけることとなった。

 予選2日目に先立って行なわれたフリー走行2回目で、セナは20番手につけた。雨絡みのコンディションでセットアップ作業が困難であったことを考えると健闘と言え、予選通過に十分なペースがあると思われていた。

Ayrton Senna, Toleman TG183B

Ayrton Senna, Toleman TG183B

Photo by: Rainer W. Schlegelmilch

 迎えた予選では雨が上がっており、路面はどんどんと乾いていった。したがって、セッション最終盤でのアタックがそれぞれの最速タイムとなることが予想された。しかしながら、セナはセッション序盤に燃圧のトラブルに見舞われ、マシンをストップさせてしまった。

 ピットに戻ってマシンを修復することができなかったため、セナは最も路面状況の良い時間帯にタイムを計測することができなかった。結果的に彼は28台中最下位に終わり、決勝進出を逃した。

 セナのベストタイムは1分41秒585で、ポールポジションのネルソン・ピケ(ブラバム)よりも13秒も遅かった。また、26番手で辛くも決勝進出を決めた弱小オゼッラのジョー・ガートナーからも2.5秒遅れていた。

 いくつもの不運が重なり悔しい予選落ちを喫したセナだったが、このレース限りでトールマンとピレリの契約は解消に。次戦フランスGPからは、TG184とミシュランタイヤという、待ち望んでいたパッケージを手にすることができた。

「このマシン(TG184)のハンドリングは、前のマシンとは比べ物にならないほど良い」

 セナはフランスGPが行なわれたディジョンでそう語った。

「コーナーでは誰よりも速く走れる、そんな気すらしている」

 そこからのセナは快進撃を続けた。フランスGPはターボのトラブルでリタイアとなったものの、翌戦モナコGPではあわや優勝という走りで2位。イギリス、ポルトガルでも3位表彰台を獲得し、ランキング9位という好成績でルーキーイヤーを終え、翌年は名門ロータスのドライバーに抜擢された。

 

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この記事について

シリーズ F1
ドライバー Ayrton Senna
執筆者 Jonathan Noble