F1特集|髪を赤く染めたアルボン。その裏にある孤児たちとの心温まるストーリー
ウイリアムズのアレクサンダー・アルボンは、オーストラリアGPを前に髪を赤に染めた。その裏側には、タイの孤児院で彼が出会った子どもたちとの心温まる物語があった。
F1第6戦スペインGPに向けた木曜日、バルセロナはカタルニア・サーキットのパドックでは、ウイリアムズのアレクサンダー・アルボンがチームスタッフの髪をヘアスプレーで赤く染めるのを手伝った。
この”赤髪”ブームはウイリアムズだけでなく、Sky Sport F1で実況を務めるデビッド・クロフトをはじめ、パドック中に広がった。しかしこれは単なるお遊びではなく、アルボンが母国タイで行なった心温まるチャリティ活動がキッカケとなっていた。
トロロッソとレッドブルでF1を戦った経験を持つアルボンが、ウイリアムズでF1復帰を果たすと決まった時、その契約はwin-winのように思えた。
2020年末にレッドブルのシートを失ったアルボンは再び戦いの舞台に上がる機会を得て、ウイリアムズはジョージ・ラッセル(現メルセデス)の抜けた穴を埋める、速く経験豊富なドライバーを獲得することができた。
今季新加入のアルボンはスペインGPまでに貴重な3ポイントをチームにもたらしており、その光るパフォーマンスがチームの追い風となっている。
F1参戦半年でトップチームに昇格を果たしたことで、イギリス系タイ人のアルボンはレーシングライセンスの籍を置くタイでは有名人に。そしてウイリアムズのヨースト・カピト代表を通じて、アルボンはタイとの新たな繋がりを得た。
というのも、ヨーストの弟であるフォルカーは、20年以上タイのバンコクでチャリティ活動に注力していたことが関係している。
フォルカーはヨーストと彼らの父が1985年パリ・ダカールのトラック部門を制した時、クルーのひとりとして参加していた。兄ヨーストがその後BMW、ザウバー、フォルクスワーゲンなどを通じてモータースポーツのキャリアを積んでいく一方、弟フォルカーはダカールをキッカケに冒険心に火が付き、タイでイベント企画のコンサルティングを開業。ロジスティクスの専門知識を活かし、毎年開催されるレース・オブ・チャンピオンズ(ROC)などの大規模イベントの中核となっている。
しかしそれ以外では、ヨーストとは異なりフォルカーはレースとは無縁の世界に生きており、彼はバンコクから来たに100kmほど離れたワット・サケーオ村にある「ワット・サケーオ孤児院」に住む2500人の恵まれない子どもたちに支援を行なっているのだ。
フォルカー・カピト(左)とアルボン
Photo by: Iceman Charity
仏教が広く信仰されているタイでは、彼らの旧正月にあたる4月13日〜15日のソンクラーン(水掛け祭り)が一年の節目。そのため大晦日は海外ほど盛大に祝うことはないが、日が明け元旦を迎えると、僧侶がその年始めのタンブン(托鉢)を行なう。タイでは、恵まれない人に施しを行なうことはとても徳の高い行為として、多くの人が日常的にタンブンを行なっている。
2004年、東南アジアを襲った大津波によって多くの子どもたちが親をなくしたことで、多数が孤児となってしまった。その年の初めに、フォルカーは友人と共にワット・サケーオ孤児院に25kgのお米を寄付。その次の機会で2500個のアイスクリームを届けたことから、フォルカーは子どもたちから”アイスマン”と呼ばれるようになったという。
「この孤児院には、本質的に足りないモノがあると思ったのだ」とフォルカーは振り返る。
「(2004年に)この子たちはアイスクリームを食べたことがないんじゃないかと思って、次はアイスを持ってこようと思った。2500個のアイスクリームを溶かさずに持ってくるのは大変だったよ……!」
「アイスを買ってくるよりも、もっとやるべきことがあるんじゃないかと言われたこともあったけど、子どもたちが泣いて喜ぶのを見て、アイスを持ってきたことは決して無駄じゃなかったと思わされた。子どもたちが欲しがるモノだったのだ」
こうしてフォルカーの「アイスマン・チャリティ」と呼ばれる支援活動が生まれた。
ワット・サケーオ孤児院には、タイ北部を中心に全土から拠り所を失った子どもたちが集まっている。子どもたちはそこからワット・サケーオにある国営の学校に通い、国語や算数などの基礎教育を受けている。ただ、彼らが住む孤児院の生活水準を最低限度以上に引き上げるには、外部の寄付に頼るしかなかった。
しかし、フォルカーのアイスマン・チャリティは、長年の活動を通じて約8000万バーツ(約3億円)を集め、2500人の孤児の食料の確保から施設の改善まで、孤児院への関わりを深めていった。
そしてアルボンのウイリアムズ加入が決定。彼らはタイ籍のアルボンとのつながりを感じ、第4戦オーストラリアGPを前にタイを訪れることとなっていたアルボンの予定表にワット・サケーオ孤児院への訪問を加えたのだ。
Alex Albon plays football with the children at Thailand's Wat Sakaeo orphanage
Photo by: Iceman Charity
孤児院でアルボンは、子どもたちと一緒にサッカーをしたり、昼食の配給を手伝った……もちろん昼食のデザートはアイスクリームだ。
子どもたちと触れ合う中でアルボンは、彼らの前向きな姿勢と自律心に驚かされたという。
「ヨーストは彼の弟のチャリティについて話してくれたんだ」
スペインGPのパドックでアルボンはそう語った。
「彼らがやっていることを教えてくれて、それはすごい規模だった。とっても大きな村で、僕はそれを見に行かなきゃと思って、僕らは日帰りで孤児院を見に行くことにしたんだ」
「一番印象に残っているのは、彼らの中にはひどい幼少期を過ごした子もいるのに、バックグラウンドに関わらずみんなが全てのことに対して感謝していることだ」
「幼い子どもたちが感謝し、笑っている様子は本当にパワフルだった。僕の心に深く刻まれているよ」
「それが仏教の教えによるモノなのかどうかは分からないけど、少なくとも50人の子どもがひとりの大人についていて、子どもたちは行儀よくしてなきゃいけない。雑用をこなして、ベッドメイキングして部屋はピカピカ……本当に関心したし、サスティナブルな暮らしを実現している」
Photo by: Iceman Charity
孤児院での生活を通して、子どもたちは学校での勉強だけでなく、社会で生きていくための様々なライフスキルを身につけていく。その中には、アルボンが体験したような髪の毛を染めるカリキュラムも含まれている。
「タイでは、リバプールとマンチェスター・ユナイテッドが最も人気な(サッカー)チームなんだ。しかも、赤はアジアのほとんどの国でラッキーカラーとされていて、子どもたちが僕の髪を染めたがったんだ。もちろん、僕はイエスっていうしかなかったよ」
「(ワット・サケーオから)バンコクに戻っても、髪を染めたままで過ごしたよ。タイ政府観光庁にもそのまま行ったんだ。彼らはとても偉い人たちで……僕の髪は赤く光っていたんだ!」
「でも、それがキッカケでオーストラリアでは素晴らしいレースができた。だからこのゲン担ぎを続けているんだ」
赤髪を続けているのは一過性のPR活動ではなく、アルボン自身の想いが込められている。孤児院では裸足でサッカーをする子どもたちに併せて靴を脱ぎ、リバプールを応援する少年とおそろいの髪色にするため、自分の髪を赤に染めることも快諾していた。彼のパワフルな行動が、タイではとても喜ばれた。
Photo by: Iceman Charity
ゲン担ぎの効果はオーストラリアGP後も続き、染め直して臨んだマイアミGPでもアルボンは9位入賞を果たした。
この結果に、孤児院は大いに盛り上がった。というのも、ヨーストがチーム代表に就任して望んだ2021年シーズン以降、ウイリアムズが1ポイントを獲得するごとに、フォルカーのチャリティに個人的な寄付を行なうことになっているからだ。
「私たちはとても兄弟仲が良くて、フォルカーとはよく話をしていたのだ」
ヨーストはmotorsport.comにそう語った。
「それで『私は成功したいし、1ポイントにつき一定額を孤児院に寄付する』と言ったんだ。だから(レース中断となったものの、2021年にラッセルが2位を獲得した)ベルギーGPの後、彼らはとても喜んでいたよ!」
「(孤児院を)訪れてみると、150人の少年たちがひとつの部屋に住んでいる。それが彼らの全てだとしたら、それを直視することは容易なことじゃない。フォルカーがやっていることには、頭が上がらないね」
孤児院でもスペインGPでのパドックでも、赤髪がブームとなり、ウイリアムズはモーターホームの横で、アルボンの愛称である”アルボノ”という名で無料のヘアカラーブースをオープン。ヨーストやチームスタッフ、その他パドックの常連が髪を赤に染めた。
それだけではなく、アルボンとヨーストはアイスマン・チャリティを通じて孤児院の体育館を改修するための募金活動を開始。孤児院の子どもたちは、改修後は「アレックス・アルボン・ホール」と体育館の名称を変更することを望んでいるという。
内気な性格のアルボンは、タイの有名人となることに当初は抵抗があったかもしれない。しかし、この孤児院の訪問を通じて、自身の知名度を何か良いことに繋げる活動を行ないたいと思うようになったという。
また、ルイス・ハミルトン(メルセデス)やセバスチャン・ベッテル(アストンマーチン)が旗振り役となって、人種問題や平等、気候変動といった社会問題の喚起が行なわれてきたことも、アルボンにインスピレーションを与えているという。
「僕は、あまり社交的な人間じゃないんだ。人前に出るのが苦手なんだ。でも善行を行なっていく使命が僕にはあると感じている」とアルボンは言う。
「いい例がたくさんある。僕の”同僚”を見てみても、ルイスやセバスチャンといった人たちは、スポーツの外で素晴らしいことをやっている」
「子どもたちが僕の髪を染めていいかと言ってきた時、まず『僕は間違いなく赤髪でオーストラリアに行くことになる』と思った。けど、実際のチャリティや寄付といった面を知ってもらうためには、とても良い方法だった」
「僕はタイ人としての自覚を持ったし、タイの人々や子どもたちにチャンスを与えられるようなプロジェクトを、もっともっとやっていきたい」
「見ての通り、僕はそうした手助けができる恵まれたポジションにいる。これは僕が正しいことをするチャンスだ。僕らはたくさんのお金を寄付できたし、これからも続けていきたい」
ヨーストは、チームのドライバーがその知名度を活用して変化をもたらす活動を行なうことを誇りに思っていると語り、多くのドライバーがアルボンなどに続くことを望んでいる。
「これは重要なことだし、そうしていくべきだ」とヨーストは言う。
「彼らのような人が子どもたちと関わることで、子どもたちに与えるインパクトはとても大きい」
「お金が入ってくるだけじゃない。誰かが自分たちの味方であると感じることができるのだ」
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