トラブルメーカーであり革新車……フェラーリ640「美しきゲームチェンジャー」
F1マシンが目立つ時、それは数々のレースで勝利を手にしたか、素晴らしい強さでタイトルを勝ち取ったか、そのいずれか……という単純なモノではない。それ以外の要素でも、人々に記憶に残ることもある。フェラーリ640はそんな1台だ。
写真:: LAT Images
フェラーリ640は、1989年のF1世界選手権を戦った1台のF1マシンだ。そのマシンは、将来のF1の技術を確立する上で非常に重要な1台である。ただシーズン中にはかなり多くのトラブルを引き起こした。
開幕戦ブラジルGPで、ナイジェル・マンセルがいきなり優勝。その速さを証明してみせた。しかしその後は繰り返しオルタネーターに問題が発生し、度々リタイアを喫した。その数、実に19回を数える。
このマシンは、著名デザイナーであるジョン・バーナードが、F1で可能なことを押し広げることになった実例と言える。その解決策は勢力図を変えた。確かに、マスターするのは難しいモノだったが、その技術的な難しさが一度解決されてしまえば、今でも引き続き使われるデバイスとなった。
このフェラーリ640は、2年間の開発期間を経て、生み出されたモノだ。フェラーリは1988年シーズンに投入すべく、639を開発していた。しかし実戦投入されることはなかった。そのためここで培われた技術が、640に活かされることになったのだ。
Ferrari F1-89 (640) 1989 gearbox actuation view
Photo by: Giorgio Piola
フェラーリ640最大の武器、それはセミオートマチック・シーケンシャルギヤボックスだ。多くの人々は、このシステムの投入は、シフトチェンジの正確さとその早さを改善するためのモノと思われているだろう。しかし実際には、パッケージングをコンパクトにし、コクピットをより狭くすることを目指したものだった。これにより、空力効率を改善しようとしたのだ。
しかし当初、このギヤボックスは複雑であり、その難しさに悩まされた。しかしバーナードは、最初には考えていなかった長所と短所が存在し、それがポジティブな形にどうやって積み上げられていくのかを見ることになった。
ステアリングの裏側にギヤチェンジ用のパドルを搭載することで、モノコックの幅を狭めることに成功した。しかもそれだけではなく、クラッチペダルを廃することができるため、モノコック先端も細くすることができた。またギヤチェンジをコンピュータで制御することにより、ギヤとギヤが衝突するのを防ぎ、パワートレインを労ることに繋がった。
バーナードは当初、ステアリングホイールにふたつのボタンを配置し、ギヤシフトを行なわせようとした。しかし、ピエロ・ラルディ・フェラーリが、ステアリングホイールの裏にパドルを配置する案を提案。これによりドライバーたちは、手を離さずともギヤチェンジができるようになった。
639の開発にあたっては、シーケンシャルギヤボックスに戻したこともあった。モノコックの一部を切り取り、ギヤレバーを取り付けたのだ。しかしマンセルがドライブしたのが最後。彼は640にパドルシフトを導入することを求めたという。
結局セミオートマチックギヤボックスを採用した1年目のシーズンは、順風満帆とはいかなかった。マンセルとゲルハルト・ベルガーのふたり共に、度々ギヤボックスに関連するトラブルに見舞われたからだ。
バーナードは、オルタネーターを強化するために、サプライヤーのマネッティ・マレリに大きなプレッシャーをかけた。それは長く負荷がかかったため、温度が上がりすぎてしまい、十分な電力をバッテリーに戻すことができなかったのだ。
しかし実際には、問題があるのはV12エンジンの方だった。摩擦抵抗を減らすために、クランクシャフトに4つのメインベアリングのみを使う形で設計……ただこれが裏目に出てしまったのだ。オルタネーターのベルトに不均衡が発生し、その発電能力を妨げることになってしまった。
Ferrari 640 torsion bar suspension
Photo by: Giorgio Piola
またこのフェラーリ640では、現在も使われているトーションバー・スプリングを採用した初期の例である。このトーションバーを使うことにより、コイルスプリングとダンパーを使っていたサスペンションのアッセンブリーを、コンパクトにすることができるようになった。
ハンドリング特性の改善には繋がらなかったとしても、コンパクトなトーションバーを採用したバーナード。ただ、従来の入力に対応するためには、長いトーションバーが必要であることは理解していたため、問題を回避するためにはまだ工夫が必要であるのは明らかだった。
結局640に搭載されたトーションバーの長さは約20cm。従来のサスペンションコンポーネントと比べればはるかにコンパクトであるだけでなく、軽量化も実現した。また、セットアップの変更が必要な場合にも、非常にシンプルな手順で済むようになった。
Ferrari F1-89 (640) 1989 exploded view
Photo by: Giorgio Piola
もうひとつの重要な要素は、コーラのボトル(コークボトル)のようなボディワークと、後方冷却口を採用したことだ。
サイドポンツーンの上部は、平らに整形され、エンジンの周りを覆った。そしてサイドポッドから取り込まれた気流は、カウルの上面および側面ではなく、リヤエンドから排出されたのだ。
フェラーリ640は、大成功したマシンとは言えない。結局勝利数はわずかに3。マンセルは開幕戦ブラジルとハンガリー、ベルガーはポルトガルで勝利した。
しかし640のDNAは、今も全てのF1マシンに受け継がれている。その影響力は、バーナードがマクラーレンMP4で採用したカーボンモノコックに匹敵すると言えよう。
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