特集

進化を続けるレーシングウェア。“生体データ”が新たな次元へ押し上げる

今日では、F1をはじめとするモータースポーツのレーシングウェアに“バイオメトリクス”が導入されようとしている。その技術にはどんなものがあり、どんなメリットがあるのだろうか?

Daniil Kvyat, AlphaTauri AT01

Daniil Kvyat, AlphaTauri AT01

Andrew Hone / Motorsport Images

 世界最高峰のモーターレーシングであるF1では、常に最先端のテクノロジーが取り入れられてきた。チームは少しでもアドバンテージを得られるように次なる“獲物”を探している。

 それらの最新テクノロジーはこれまで、主に車体とエンジンに対して用いられてきた。膨大なデータを使用することで、チームがライバルを出し抜くためのポイントを見つけようとしてきたのだ。しかしながら、これからはレース用ウェアでさえもハイテク競争の場となろうとしている。

 近年、レーシングウェアのテクノロジーは進歩しており、全体的な重量を削減したり、可能な限りドライバーが快適に感じるものへと改善されている。10年前は1.3kgもあったレーシングスーツが、今では800g以下になっているのだ。これは現在の厳しい安全基準を考えれば、限界ギリギリの数値だ。

 しかしながら、レーシングテクノロジー企業がその歩みを止めることは決してない。ルノーやレーシングポイントなど複数のF1チームにレーシングウェアを供給しているアルパインスターズは、“バイオメトリクス”に注目している。

 バイオメトリクスはしばしば『生物測定学』などと訳され、人の身体的データなどを測定し、個人認証などに活用することを指す。F1では既にバイオメトリクスを活用したレーシンググローブが用いられている。これには親指の部分に3mmほどのセンサーが取り付けられており、ドライバーの脈拍数や血中の酸素レベルといった情報がFIAの医療オフィシャルに伝わるようになっている。これにより、ドライバーがアクシデントに遭遇した際に本人の状況をより把握することができるのだ。

■既にF1にも導入されているバイオメトリクス

Daniil Kvyat, AlphaTauri

Daniil Kvyat, AlphaTauri

Photo by: Red Bull Content Pool

 こういったバイオメトリクスは将来的に次のレベルに進むことを目指しており、レーシングスーツやアンダーウェアなどその他のレーシングアイテムにも組み込まれることで、ドライバーがマシンの中で体験していることをより深く理解する為に役立つことが期待されている。

 アルパインスターズのアパレル製品開発担当であるキアラ・コンサリーノは、motorsport.comに次のように語ってくれた。

「我々はオーバーオール(レーシングスーツ)にも同じ様なアイデアを導入することになるだろう。FIAとはいくつかのアイデアについて議論しているらしく、それがスーツかバラクラーバ(フェイスマスク)に導入される可能性があるようだ。今我々が焦点を当てているのはそういったことだ」

 またアルパインスターズの元商業責任者であるジェレミー・アップルトンは次のように述べていた。

「現在はグローブに生体認証センサーが取り付けられているが、それは新たな研究分野を切り開くことになるだろう。ただ次のステップがあるからといって、我々がそれについて詳細を明かすことはないと思う」

 ドライバーのストレスレベル、体温などの重要な機能を読み取れるセンサーがあれば、チームがレーシングスーツのどこから快適性を改善すれば良いのかを理解するのに一役買うことになる。ドライバーの快適性を向上させるものが導入されれば、ドライバーはよりドライブに集中することができ、今まで以上にパフォーマンスを発揮することができるだろう。

 アップルトンはさらにこう話していた。

「マシンの中にいるドライバーのパフォーマンスを監視する機能は、(レーシングスーツの)素材などの開発にも役立つと思う。我々は2輪ロードレースの分野でエアバッグを開発している時にそういった経験をした」

■MotoGPはバイオメトリクス分野で先を行っている?

Marc Marquez, Repsol Honda Team

Marc Marquez, Repsol Honda Team

Photo by: Repsol Media

「我々はエアバックに生理学的感知システムと電子システムを装備しており、ドライバーのサーモグラフィーを見ることができた。これはライダースーツの通気システムの再編成や、熱風を取り除く方法など、換気についての興味深いヒントを与えてくれた。身体の熱を排出することは重要なことなのだ」

 アルパインスターズはMotoGPでのウェア開発において、いくつかの熱センサーと物理センサーを取り付け、ライダーに関する豊富なデータを集めることに貢献した。

 身体の至る部分での温度や心拍数だけでなく、ブレーキやアクセルの動作でどのような力が発生しているかも監視することができる。身体のどの部分がどれだけ動いているのか、どのくらいフットペダルに力を加えているのかなどだ。

「これにより、バイクで実際に何が起こっているのかをより把握できるようになった」とアップルトンは言う。

「それを通して、生理学的なパフォーマンス向上について様々なことを学んだ。その内のいくつかは自動車の分野でも役立ったと思っている。しかし今ではそれをさらに一歩前進させたい」

 彼らがMotoGPで得た教訓は、データがライダー本人も気付いていなかったようなことを示す、ということだった。

 アルパインスターズのCEOであるガブリエレ・マッツァローロは、次にように語った。

「(MotoGPの)チームはライダーのフィーリングに合わせてバイクを調整することができるが、生体データを収集することでさらにその信頼性が高まるだろう。そのデータは、ライダーが感じるものを超越している」

「我々が確認できる全てのデータを活用すれば、ドライバーやライダーがそのレーシングスーツを着てどれほど疲れているのかを調べることができる。彼らはベストではないと感じたスーツでは全力を出しきれていない可能性があるので、彼らの感じたことよりも(データの方が)正確に把握できる」

「我々はこれまで(このようなデータを)シューズの換気において活用してきた。しかし今ではライダーがトラックの一定の地点でどのくらいの労力を感じているかのパラメーターをバイクに設置できるようになった。そのフィードバックを利用して、例えばチームはサスペンションの変更に取り組むことができる」

「つまり我々は、ライダーやドライバーがどのようにパフォーマンスしているかについて、個人のフィーリングを超えた情報を手にできるのだ」

■レーシングウェアを新たな次元へ

Daniil Kvyat, AlphaTauri

Daniil Kvyat, AlphaTauri

Photo by: Red Bull Content Pool

 こういったバイオメトリクスの技術は、4輪モータースポーツの世界、特にF1にとっては素晴らしいチャンスとなるだろう。

 ドライバーの身体のどの部分にストレスがかかっているのか、それによって今までマシンにかけていた力がどの程度弱まっていくのか……それらを理解できることは、ドライバーの快適性を次のレベルに引き上げ、ドライバーがコックピットに溶け込むのに大きな役割を果たすだろう。

「それは全て技術的に可能なことだ」とアップルトンは言う。

「そしておそらく、ドライバーをよりコックピットに溶け込ませるための新しいセンサーシステムも開発されている」

「ドライバーがコックピットの中で苦しんでいること、ストレスを感じていることについて理解を深めることは、レーシングウェアの技術を改善させるための研究に大いに役立つだろう」

 

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