市販ハイパーカー開発がF1に活きる。レッドブルのRB17がチームにもたらす”3つ”の絶大な効果とは?
レッドブルが発表した新ハイパーカープロジェクト『RB17』。F1からの系譜を受け継ぐこの市販マシンの開発は、F1チームに3つの大きな効果をもたらしている。
6月28日(火)にレッドブルは、F1チームのチーフ・テクニカルオフィサーを務める”空力の鬼才”ことエイドリアン・ニューウェイが手掛ける自社開発のハイパーカー『RB17』のプロジェクトを発表。この1台は、F1チームに大きな影響をもたらしている。
40年に渡り革新的なアイデアとイノベーションを駆使し、数々のチャンピオンマシンを世に送り出してきたニューウェイだが、彼のF1プロジェクトに対する熱意は少しばかり薄れてきているようにも見えるかもしれない。
ピットレーンを見渡せば分かることだが、ニューウェイの”同期”たちは製図板を手放し、喧騒の絶えないF1パドックを離れ、静かな暮らしを営んでいる。
しかし、ニューウェイはこれまでと同じように勝利への渇望を持ち続けている。確かに、キャリア序盤ほどアクセルを踏み込んでいる訳ではないかもしれないが、自分のアイデアを実現したいという想いは、今も変わらず強くニューウェイを突き動かしている。
1. ニューウェイの創作意欲
そこにはレッドブル・レーシングのチーム代表でありCEOも務めるクリスチャン・ホーナーのある考えがあった。
ニューウェイのモチベーションを維持し彼のポテンシャルを最大限引き出すためには、「仕事・F1・私生活」のバランスを上手く取ることが重要だと彼のチーム加入時から考えてきたのだ。商用マシンなどの設計開発を行なう「レッドブル・アドバンスド・テクノロジーズ」が誕生したのも、そうした理由によるものだ。
ヴァルキリーなどのサイドプロジェクトが、ニューウェイのF1での炎を燃やし続けている。
Photo by: Carl Bingham / Motorsport Images
そうすることで、ニューウェイは大好きなF1でマシンを手掛けながら、他の部署を手伝うことで彼の創作意欲が掻き立てられるのだ。そしてチームにとって重要なのは、F1で強い競争力を発揮できていない時期でもニューウェイのモチベーションを維持することだ。
毎戦のように勝利を重ねることができるF1プロジェクトと、レギュレーションや状況により上手くいく見込みのないF1プロジェクトは、全くの別モノ。レッドブルにとっては、ニューウェイの存在感は未だ健在であり、欠けてはならないパズルのピースなのだ。
だからこそ、レッドブルはレッドブル・アドバンスド・テクノロジーズを通じて、以前タイトルスポンサーだったアストンマーチンとハイパーカー『ヴァルキリー』を共同開発してきた。F1が現行のパワーユニット(PU)規定になって以降、ルノー製PUの性能が頭打ちとなっていた時期に、F1の第一線から退いていたニューウェイのモチベーションを維持する上で重要なプロジェクトだったのだ。
レッドブルからアストンマーチンが離れ、それに伴いヴァルキリーの共同プロジェクトが終了。レッドブルがルノーと縁を切り、2019年からホンダF1と共にタイトルへ歩みを進めたことで、ニューウェイは現場復帰を果たした。
しかし、レギュレーションで縛られることが少ないロードカー開発の”味”を知ったニューウェイが、次を欲するようになったのは当然なことだろう。そう考えると、レッドブルが”ルール無用の”ハイパーカープロジェクトを発表したことは不思議ではない。
2. 知識の転用
RB17の発表会でニューウェイの話を聞いていると、レッドブル側が彼に何か夢中になれるモノを与えようとする理由も見えてくる。それはニューウェイをチームにつなぎとめておくこと以上のモノだ。
「他のプロジェクトを考えていたり、進めていたりすると、たしかに刺激になる」とニューウェイは語る。
「確か、2014年にハイパーカー(ヴァルキリー)となるクルマの開発を始めた時、(F1チームは)PUが後れを取っていたことで競争力の面でスランプとなっていた。そういう心持ちで取り組んだモノだった」
「F1だけでなく、何か別のことにエネルギーを注ぎたいと思った。F1以外の領域や、長年学んだことを別のことに応用することに興味があるのだ」
「それは週末に何時間も費やしていることでもある」
ヴァルキリーで得た知見がF1マシンに活きる。
Photo by: Andy Hone / Motorsport Images
「このクルマ(RB17)の開発に向けて最初に描いたスケッチは、実は2020年のクリスマスから新年にかけて描いたモノなのだ。新型コロナウイルスのせいで、スキーに出かけることも、妻の出身地である南アフリカにも行くことができなかった」
「だから、その時間を代わりに使ってこれを書き始めたんだ。私はもう40年もF1にいて、今でもすごく楽しいが、他の興味も持ちたい。これもそのひとつなのだ」
そしてレッドブルがRB17のプロジェクトにゴーサインを出したのは、そうしたF1以外のプロジェクトからF1へ知識が転用されることがあるからだ。
例えば、今季のレッドブルのF1マシン『RB18』は、ヴァルキリーの設計・開発からニューウェイとレッドブル・アドバンスド・テクノロジーズが得たいくつかの知見が活かされている。そのRB18は今季のタイトル候補として君臨し、グラウンドエフェクトカーに散見されるポーパシングの問題があまり発生していないマシンのひとつだ。
ハイパーカープロジェクトからF1マシン開発に活きるモノはあるかとニューウェイに尋ねると、彼は微笑を浮かべてこう答えた。
「興味深いことに、グラウンドエフェクトの(ヴェンチュリー)トンネルを持つヴァルキリーで我々が学んだことが、RB18の研究を始めるにあたり非常に役立ったのだ。1983年以降、ヴェンチュリーカーはF1には無かったからね」
3. 予算制限への対処
そしてもうひとつ、レッドブルのF1チームがRB17のプロジェクトに注力することで得られるメリットがある。
F1には現在、予算制限レギュレーションが導入されており、決められた資金の中でF1に関わるスタッフを雇用し、育成していくという点でチームは新たな課題に直面している。
かつてF1チームは、経営を維持するために必要な”底なし”の資金を得るために、異なるテクノロジー領域に手を伸ばす必要があると言われてきたが、今やその考えは一変し、効率的な運営が求められるようになった。
レッドブルを始めF1のビッグチームにしてみると、昨今のF1ブームもありスポンサーからの関心も高く、コマーシャル収入も増加する一方で、予算制限によりF1で十分に潤沢な資金を使えないという状況に陥っているのだ。
高い評価を受けながらもF1チームの直接雇用からスタッフを外すという判断は、彼らの能力によるモノではなく、彼らをグループ内に残そうという努力によるモノだ。
彼らのような優秀な人材を完全に手放すということは、ライバルチームに移籍するなどの利敵行為となる可能性もあり、グループとしても旨味の無いことだ。
Max Verstappen, Red Bull Racing and Alexander Albon, Red Bull Racing driving the Red Bull Racing Aston Martin Valkyrie
Photo by: Red Bull Content Pool
F1以外のRB17のような独立した商用プロジェクトを通じて、そうした人材に機会を与えることで、彼らをグループ内に留め、そこでスキルを磨かせ、F1チームで必要とされた時に彼らやこれからチームに加わる新人を活用することができるのだ。
「スタッフは我々最大の資産だ」とホーナーは説明する。
「そして、2014年から独自に成長・発展してきたアドバンスド・テクノロジーズのおかげで、予算制限の出現によりこのビジネスから失われていたであろう非常に優秀なスタッフを、再び雇用することができるようになったのだ」
「結果として、グループ内に優秀な人材を留めることができた。また、新しい人材を迎え入れ、育成することも可能になった。つまりこのキャンパス(ファクトリー)では、単にF1だけが考えられている訳ではないのだ」
「もちろん、F1が我々の活動の本幹なのは確かだが、そこからさらに多くの活動が生まれているし、(F1のPU開発を行なうレッドブル)パワートレインズも始動している」
「アドバンスド・テクノロジーズの活動では、BMCと共同でロードバイクを開発し、(エアロスクリーンのサプライヤーとして)インディカーや(国際ヨットレースの)アメリカズカップにも関わっている。また、3〜4名が乗れる潜水艦の設計も行なっている」
「様々なプロジェクトが進んでいる。そうした中で人材を留め、惹きつけることは我々にとって非常に重要なことなのだ」
レッドブルはただ、余興としてサーキット専用マシンを500万ポンド(約8億2000万円)で売って収益を得ようとしているのではない。
ニューウェイの創作意欲を高め、F1チームへの技術転用をもたらし、かつ優秀な人材をグループに留め、若い人材を集めるという意味で、金銭的な収益以上のモノを得ようとしているのだ。
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