マクラーレンCEOにとっての痛い”教訓”。アロンソのインディ500予選落ちを振り返る「人生で最悪の経験だった」
ザク・ブラウンは、マクラーレンがフェルナンド・アロンソをインディ500で予選落ちさせてしまったことが、自身のキャリアの中で最も辛い出来事の一つだったと認めた。
マクラーレン・レーシングのCEOであるザク・ブラウンは、2度のF1チャンピオンであるフェルナンド・アロンソと共にインディ500に挑んだが、予選落ちに終わったことが、自身のプロキャリアの中で最も辛い瞬間のひとつだったと明かした。
アロンソは2017年にF1モナコGPを欠場してまで、インディ500に挑んだ。極めて異例の挑戦だったが、マクラーレン・ホンダ・アンドレッティからのエントリーで予選5番手を獲得。最終的にエンジンブローに見舞われたが、計27周でラップリーダーに立つなどルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得した。
そして2019年、2度目のインディ500にマクラーレン・レーシングから参戦したが、まさかの予選落ちを喫してしまった。
オートスポーツ・ビジネス・エクスチェンジ・マイアミでこの出来事について語ったブラウンは、その際に得た厳しい教訓が、最終的にマクラーレンのインディカー・シリーズ復帰を形作ったと認めた。
マクラーレンは2017年のインディ500から他チームとのジョイント体制でスポット参戦をしていたが、2020年からシュミット・ピーターソン・モータースポーツとのジョイントによってアロー・マクラーレンSPとしてフル参戦を開始。2022年以降はアロー・マクラーレンとして今もインディカーを戦っている。
「特に創業当初は、大きな障害がいくつもあった」とブラウンは自身のキャリアを振り返った。
「会社を立ち上げたばかりの頃は、木曜日に小切手が届かなければ、金曜日の給料が支払われないということが何度もあった。決して諦めない、失敗は許されないという姿勢が不可欠なのだ」
「これまでたくさんのミスを犯してきたけれど、それでいいと思っている。チームにもいつも言っているんだけど、ミスは構わない。ただ、同じミスを二度と繰り返さないように。なぜなら、ミスから学ぶことができるからだ」
Zak Brown, McLaren
ブラウンは、モータースポーツマーケティング会社”ジャスト・マーケティング・インターナショナル”(JMI)の創設者であり、その業務を引き継いだCSMスポーツ&インターナショナルのグループCEOを退いた後、2016年にマクラーレン・テクノロジー・グループのエクゼクティブ・ディレクターに就任。2021年5月にマクラーレン・レーシングのCEOとなった。
「おそらく、私にとって最大かつ最も世間に知れ渡った失敗は──数え切れないほどあるが──フェルナンド・アロンソと共にインディ500の予選を通過できなかったことだ。当時は、人生で最悪の経験だった」
ブラウンは屈辱から目を背けることなく、この象徴的なレースへの出場を逃すこととなった運営上の不備について責任を認めた。
「でも、私はそれをとても誇りに思っている。奇妙に聞こえるかもしれないが、我々がその経験に真正面から向き合い、そこから学んだからだ」と彼は続けた。
「私はその責任を引き受けた。結局のところ、適切な人材を適切な場所に配置できなかったのは私の過ちだった。自分の直感を信じなかった。私がいつも説いていることすべてにおいて、自分自身を裏切ってしまったのだ」
「だから、あの出来事が起きてよかったと思っている。二度と同じ過ちは繰り返さないからだ。それ以来、インディ500では2度2位に入賞し、トップを争う中でクラッシュも経験した」
「予選落ちした時、一部の人から『これで終わりか?』と言われたのを覚えている。私は『いや、いや、いや、いや。レースってのは、クラッシュしたら車を修理して、なぜクラッシュしたのかを理解し、すぐにまた戻ってくるものなんだ』と答えた。それがレースというものだ。まあ、あれは確かに世間に大きく知れ渡った出来事だった」
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