FIA F2 Barcelona

亡きユベールと共に登ったF2表彰台から5年……不屈の男コレア、壮絶な大怪我からの復活で掴んだ3位に「非現実的だ!」

アントワーヌ・ユベールがこの世を去ったFIA F2スパ戦の大事故に巻き込まれたファン-マヌエル・コレア。大怪我から復帰して5年越しに掴んだ表彰台に「信じられない」と語った。

Juan Manuel Correa, Sauber Junior Team By Charouz, Anthoine Hubert, Bwt Arden And Guanyu Zhou, Uni Virtuosi

Juan Manuel Correa, Sauber Junior Team By Charouz, Anthoine Hubert, Bwt Arden And Guanyu Zhou, Uni Virtuosi

写真:: Joe Portlock / Motorsport Images

 カタルニア・サーキットで開催された2024年シーズンのFIA F2第6戦バルセロナ。DAMSから参戦するファン-マヌエル・コレアは、土曜日のスプリントレースでの3位表彰台をレース後のペナルティで失ってから1日後、6月23日(日)のフィーチャーレースで再び3位表彰台を掴んだ。

 コレアとしては、ちょうど5年ぶりの表彰台。それも、アントワーヌ・ユベールが母国レースとなる2019年F2ポール・リカール戦スプリントレースを制し、共に表彰台に登って以来だった。

 歓喜の瞬間を共にしたユベールとコレア。ふたりの間には大きな絆があったが、この年の8月31日(土)、スパ・フランコルシャンで行なわれたフィーチャーレースで悲劇が起こった。

 レース2周目、ラディオンを抜けた先で多重クラッシュが発生。ユベールもこれに巻き込まれバリアに激突すると、その衝撃でマシンはコース中央にまで跳ね返された。そして後方からレーシングスピードでやってきたコレアは、十分に反応する時間が無いまま、ほぼ制止したユベールのマシンにTボーンクラッシュを喫した。

 ユベールは事故からわずか90分後に死亡が確認。コレアも脚と脊髄に重症を負い、急性呼吸不全に陥り、9月20日に目覚めるまで13日間昏睡状態が続いた。

 昏睡状態から覚めた数日後にコレアの脚の手術が始まった。2020年1月、当時を振り返ったコレアは「事故から4日間はほとんど死んでいた」と明かした。

Juan Manuel Correa, Dams

Juan Manuel Correa, Dams

Photo by: Dutch Photo Agency

 しかしコレアは手術とリハビリを乗り越え、2021年には再びF2マシンでテストを実施。その後2度目のFIA F3フル参戦を果たした。2023年にはVARでF2復帰を果たし2024年はDAMSへと移籍した。

 そしてコレアは、2019年ポール・リカール戦からちょうど5年という日に、バルセロナで表彰台に登った。

 記念すべき日だというのを知っていたかと訊かれたコレアは、思案顔で次のように答えた。

「意識はしていたよ。5年前のあの日は、いい1日だった」

「ここにいるというのは、ちょっと非現実的だ。このレベルで戦えること、また表彰台に上がれることに感謝している。最高の気分だよ」

「このスポーツをやっている時は、いつも彼(ユベール)のことを考えている。天国で笑ってくれているといいな」

「この日にこのレースが開催され、僕がああいったレースを展開できたというのは、とても良い偶然だ。その話に触れてくれてありがとう」

 

前の記事 クロフォード今季初優勝。コレアが前日ペナルティで失った表彰台を取り戻す! 宮田ペースに苦しみ無得点|F2バルセロナ・フィーチャーレース
次の記事 ハウガー、デュルクセンを0.008秒下して最速! フィーチャーレースのPP獲得。宮田莉朋大苦戦で21番手|FIA F2シュピールベルグ予選

Sign up for free

  • Get quick access to your favorite articles

  • Manage alerts on breaking news and favorite drivers

  • Make your voice heard with article commenting.

Motorsport prime

Discover premium content
登録

エディション

日本 日本