『世界のレーシングカー博物館探訪記』:第3回 ル・マンに“自動車の歴史”アリ。24時間レース&ヒストリックなマシンにメロメロ?
世界中に存在する、レーシングカーを扱った博物館……有名どころからマイナーどころまで、“趣味”が高じて世界150箇所以上のミュージアムを訪れてきたモータースポーツジャーナリストが、その魅力を紹介する連載企画第3回。今回は世界三大レースに数えられるル・マン24時間レースの舞台となっているサルト・サーキット、そのサーキット博物館をご紹介しよう。
写真:: Ryo Harada
スポーツカーレースの最高峰に位置づけられる世界耐久選手権(WEC)は、2021年シーズンから車両規定を一部変更し、最高峰クラスがル・マン・ハイパーカー(LMH)カテゴリーで争われることになった。
新型コロナの影響によって通常の6月下旬から8月下旬に日程が変更されたル・マン24時間レースは、改めて言うまでもなく世界最高のスポーツカーレースであり、シリーズでも屈指の檜舞台と言える。
WECの前身となるスポーツカーによる数々の世界選手権シリーズ──レース距離や参加車両規定も様々だった──において、独立独歩を貫いてでも24時間レースの威厳を保とうとする主催者のACO(フランス西部自動車クラブ)と、シリーズの権威を高めるために24時間レースをシリーズ戦に組み入れたいFIA(FISA:国際自動車スポーツ連盟)とのせめぎ合いが繰り返されたのも、ACOがシリーズの運営を統括している今となっては懐かしい思い出だ。
そのル・マン24時間レースが開催されるフランスのサルト・サーキットは、常設コースのブガッティ・サーキットと、一般公道を使用する公道部分が組み合わされていて、レース開催時以外は公道区間はレーシングカーでの走行ができなくなっている。
そんなル・マンのサーキットのメインエントランス左手には、常設のル・マン・サーキット博物館がある。正式名称はMusée des 24 Heures du Mans(ル・マン24時間博物館)だが、エントランス右手にはMUSEE DES 24 HEURESのタイトル文字の上にMUSEE AUTOMOBILE DE LA SARTHE(サルト自動車博物館)のタイトルが掲げられている。別に大した問題でもないから今回は通称のル・マン・サーキット博物館で話を進めていくことにしよう。
世界中の主だったサーキットには、多くの場合、博物館が併設されている。インディ500が行われるインディアナポリス・モーター・スピードウェイ(IMS)しかり、F1ドイツGPのホストサーキットとして知られるホッケンハイムリンクしかり、そしてF1やWECだけでなくツーリングカーの24時間レースでも注目されているスパ・フランコルシャンしかり。
そんな少なくないサーキット博物館の中でも、ル・マンのサーキット博物館は他のサーキット博物館にはない大きな特徴がある。それはサーキットを駆け抜けたレーシングマシンだけに限らず、自動車史上に大きなエポックを打ち立ててきた記念碑的なモデルも含め、ヒストリックなロードカーも数多く収蔵展示していることだ。
これはル・マンが、自動車産業の父と呼ばれたアメデー・ボレー所縁の土地であることが影響している。博物館にはボレー一家(父アメデーと、長男アメデーJr.&次男レオンの2人の息子)の作品も含めて、19世紀末から20世紀初頭にかけての歴史的なクルマが数多く展示されている(※編注:アメデー・ボレーは、1800年代後半に活躍した蒸気自動車の研究家)。
ル・マンの名士でもあるボレー父子の作品も自動車史上欠かすことはできないのだが、何よりもパナール・システム(エンジンをフロントに置きクラッチ→ギヤボックス→ファイナルドライブを一直線にマウントするもので、現在のクルマの基本形ともいえるパッケージ)を生みだしたパナール・エ・ルバッソールのタイプA2フェートンなどは要チェックだ。
個人的には最初に訪れた時以来、シトロエンの“黄色い巡洋艦隊”としてベイルートから中央アジアを経て北京を目指す大冒険ツアーで使用されたシトロエンのケグレス・ハーフトラックがとても印象に残っている。半世紀以上も昔のことになるが、小学生の頃に兄が買ってきた自動車雑誌で存在を知った1台で、思いもかけずル・マンの博物館で出会った途端、小学生の頃の憧れが蘇ったのを記憶している。
一方レース関連の収蔵車両だが、先ずはその前に見学コースに沿って進むと現れる回廊の展示を紹介しておくべきだろう。
この回廊には、1923年に行なわれた第1回大会から大戦を挟んで56年の第24回大会まで、ル・マン24時間レースのレースディレクターを務めたチャールズ・ファロウを筆頭に、フェリー・ポルシェやヘンリー・フォード二世、あるいはエンツォ・フェラーリといった“偉大なるクルマ人”を紹介するコーナーとなっていて、パネルの前には所縁のクルマの模型が展示されている。
ただそのクルマの車種だが、例えばフェリー・ポルシェだったら彼が生み出したスポーツカーの傑作ポルシェ356ではなく、80年代のル・マンで圧倒的な強さを見せたポルシェ956のスケールモデル、というようにル・マン24時間に関わる展示となっている。因みに、ファロウのコーナーの彼を紹介するパネル横には、生前彼が愛用していたパナマハットが展示されていた。
回廊を通り抜けた先には魅力的な、珠玉的とも形容すべき、レーシングカーが数多く展示されている。筆頭はもちろん、1923年式シュナール・エ・ワルケールのU3-15CVトルペード・スポールと翌24年式ベントレーの3ℓスポーツ・トロペード・バンデン・プラス。この2台は、それぞれ1923年に初めて開催された第1回ル・マン24時間レースと翌24年の第2回大会の優勝車。ル・マン24時間の長い歴史の源流となる名車たちだ。
その他にもフェラーリやフォード、ポルシェ、マトラ、ルノー/アルピーヌ、ジャガー、マツダ、そしてベントレーにアウディやプジョーといった歴代のウィニングマシンもあって、まるでル・マン24時間&スポーツカーレースの歴史絵巻を見ているがごとき興奮を覚えるに違いない。
ただし個人的に最も刺さったのは1967年式CD・プジョーのSP66。これはル・マン24時間レースのもう一つの主人公で、大排気量のレーシングエンジンを搭載したプロトタイプが総合優勝を争うその一方で、小排気量エンジンながら軽量で空力に優れたボディを武器に戦い性能指数賞や熱効率指数賞を争った、いかにもフランス的でインテリジェントな小排気量マシン。1950年代から活躍してきたDBの”D”、シャルル・ドゥーチェが”B”のルネ・ボネと袂を分かって単独で創った1台だ。
これも小学生の頃、兄が購読していた自動車雑誌で見かけた1台で、二段重ねのヘッドライトと2枚の垂直尾翼が印象的だった。そしてそれ以来、補助灯が追加された耐久レース用のマシンに惹かれるようになり、その後も何度かル・マンに足を運ぶことにもなった。この好みは今でも変わっていないが、もう一つの特徴である垂直尾翼の方は、ちょっと事情が違ってきている。
ル・マンと言えば最高速争い。だからノーズをシャープに前面投影面積を小さく、とした当時の空力理論を笑い飛ばすかのような丸っこいシルエット。それでいてテールには直進安定性を高めるための垂直尾翼……素人考えではとても追いつけないメカニズムの対比に、驚かされたのを覚えている。それにしても小生意気な小学生だったと汗顔の至りだが……。
それはさておき、思いもかけぬ出会いだったシトロエンのケグレス・ハーフトラックに対するほどの驚きはなかったが、このCD・プジョーのSP66に関しては、博物館を訪れるにあたってはもともと見てみたい1台だったから、出会った時の感動は、この日一番だったことは間違いない。
このようにル・マン・サーキット博物館は、レース好きもクルマ好きも、さらに歴史ファンにとっても、訪れる価値のある博物館。新型コロナが猛威を奮っていて、今年のル・マン観戦を諦めたというレースファンも含めて、来年こそはル・マンを訪れて博物館を訪問してほしい。もちろん自分自身でももう一度訪れたい博物館だ。
ル・マン・サーキット博物館/Le Musée des 24 Heures(ル・マン24時間博物館)
Circuit des 24 Heures du Mans, 72009 Le Mans BP 29254 Cédex 1(Sarthe / Pays de la Loire), France.
公式サイト:www.lemans-musee24h.com/火曜休館(4月~9月は毎日開館。1月は金曜~日曜のみ開館)。
開館時間は11:00~17:00(4月~9月は10:00~18:00)/入館料は€8.50。
アクセス
シャルル・ド・ゴール空港から高速道路A3号線でパリ方面に向かい、ペリフェリークでパリ市街を迂回。
高速道路A10号線からA11号線を経由、ル・マンを目指して西進。空港から200㎞余り、ツール/ル・マン市街(Tours/Le Mans-Centre/Le Mans-Z.I Sud)の標識を目印にA11号線からA28号線に入り、約7㎞先、出口番号23番でA28号線を降り、料金所先のロータリー式交差点を左折(=4つ目の出口を出る)して国道D323号線を南西に進む。
約10㎞先。出口番号7番でD323号線を降りた先のロータリー式交差点をUターン(=4つ目の出口を出る)して国道D323号線を300mほど戻った出口番号6番で降りるとすぐにサーキットのメインエントランス。博物館はメインエントランスに向かって左手に。
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