motorsport.com編集長日記:「異文化の壁と経験の壁」

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motorsport.com編集長日記:「異文化の壁と経験の壁」
執筆:
2019/04/02 10:41

motorsport.com日本版の編集長が、日々経験する様々な事柄の中から、琴線に触れるようなものをピックアップ。

2019年4月1日・月曜日

「異文化の壁と経験の壁」

 例年なら4月1日はエイプリルフールと浮かれているのだが、今年は5月の天皇退位に先立って新しい元号が発表されるというので世の中が喧しかった。新しい元号は「令和」と決まった。万葉集からの出典ということで、これまでの元号とは一味違った日本文化の深さを持ったといえる。ドナルド・キーンさんに感想を聞いてみたかった。

 ところでこの元号というもの、日本人としては心に刻まれるものだろうが、私はこれまでも元号を進んで使いたいと思ったことはない。海外に出る度に外国の友人から元号のことを尋ねられて、その説明が面倒だったこともあるが、そもそも海外では元号を使う機会がなかった。だから、元号の使用は公共機関や金融機関等の書類に限った。恐らくこれからも私の生活は西暦主体で回っていくはずだ。

 時々おかしなことを考える。F1グランプリを走る外人ドライバー達は元号のことなんか知らないんだろうなぁとか、年がら年中暑いバーレーンの人達は日本の冬の炬燵文化なんか知らないだろうなぁとか。炬燵で食べるミカンは美味しいぞとか。今回も、バーレーンF1を観ながら、テーブルとストーブ文化のヨーロッパ人と畳と炬燵文化の日本人が手を組んで走らせるF1って一体何だろう、というようなことを考えていた。でも、サーキットという場所が場所だけに、そこで働く日本人も即席テーブル&ストーブ族になるので、なんとかやっていけてるんだろうという結論に達した。

 そして、あることに気づいた。日本人ドライバーがF1で活躍できないのは、この文化的相違があるからだ、と。今さら何を言っているのだと笑われそうだが、みんな文化の違いという言葉を連発しこそすれ、その実を考えたことはなかったのではないか。テーブル生活の世界に炬燵文化を持ち込むことの異様さ。もし日本人にF1で活躍して欲しいなら、F1を炬燵文化で蹂躙しなければいけない。そうして、テーブル&ストーブ族を畳&炬燵文化に転向させる。それが出来ない限り、日本人ドライバーはF1で勝つことはないだろうと考えた。

 シャルル・ルクレールはそんなこと考えなくてもいいんだろうなあ、と彼がフェラーリでチームメイトのセバスチャン・ベッテルを引き離すさまを見て思った。ルクレールとベッテルの間に立ち塞がっているのは異文化という壁ではなく、経験という時間と努力が解決してくれる壁だから。

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この記事について

シリーズ F1 , 編集長日記
執筆者 赤井邦彦
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