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motorsport.com編集長日記:「祝福されるべき人生」

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motorsport.com編集長日記:「祝福されるべき人生」
執筆:
2019/09/04 10:57

motorsport.com日本版の編集長が、日々経験する様々な事柄の中から、琴線に触れるようなものをピックアップ。

2019年9月4日(水曜日)
『祝福されるべき人生』

 若い命が散るのを見るのは本当につらい。8月末にスパで行われたF2レースで22歳のアントワーヌ・ユベールが事故死した。レースが始まって僅か2周目、高速のストレートに入ったところでコースを外れてバリアに激突、コース上に跳ね返ったところに後続車が突っ込んだ。不可避の事故だったが、その瞬間に若い命が失われたことを知るのはつらかった。

 これまでにもレース中の大きな事故に何度も遭遇したが、命が失われる時には独特の酸っぱいような重苦しい空気が直撃してくる。その瞬間、ああ誰かが駄目だったんだと直感する。それはほとんど外れたことがない。今回のスパのレースには出向いていなかったけれど、現場にいたら恐らく同じような空気に包まれて頭を垂れていたはずだ。

 私は誰かが亡くなったとき、まず最初に残された人のことを思う。残された家族、恋人、友達。そして、亡くなった人が彼らと暮らしてきた時間を想像する。アントワーヌ・ユベールは、家族や友人とどういう生活をしてきたんだろう。母親の料理を手伝ったんだろうか。週末の夜は家族でレストランへ出かけたのだろうか。進んで庭の草刈りをしたんだろうか。そういった日常の一コマが次々と浮かんできて、そのシーンから突然アントワーヌの姿が消えてしまったあとの家族の心痛をおもんばかる。突然ぽっかりと空いた大きな穴を、家族はどうやって埋めていくのだろうと考える。

 そして、日本と欧米の文化の違いにまで考えを及ぼす。日本では亡くなった人を悼むとき、旅立った先の生活(あるのかないのか知らないけれど)が素晴らしいものであるようにと願うが、欧米ではこれまで実人生で生きて生活してきたことをCelebrate=祝福する。素晴らしい人生だったじゃないか、と。死生観の違いと言えばそれまでだが、誰も想像すら出来ない彼岸の人生に期待するより、これまで生きてきた人生を祝う方が人間の生の本質を突いているようで私は好きだ。そこには、人それぞれ様々な人生があっただろうが、それらはすべて当人に取れば祝福されるべき人生だったと言うことだ。まさにアントワーヌの人生がそれだった。

 アントワーヌが亡くなった翌日、グランプリのスタート前の追悼セレモニーで、彼の母親の凛とした姿が私の心を打った。最愛の息子を亡くし、悲しみのどん底にいるはずの母親が、悲しみを隠し、涙を見せず、息子のヘルメットを抱えて起立する姿は、母は強しという印象を私に与えた。と同時に、そうでもしていなければひとり泣き崩れてしまう自分を知っている母の姿があった。人ひとりの命の重さは、計り知れないものがある。22年間全力で生きてきて、突然行く道を断たれたアントワーヌの無念。可愛い息子を突然奪われた母親の悲哀。しかし、我々ができることは、彼と母親が共に過ごした22年を振り返って祝福することだ。素晴らしい人生だったと。

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この記事について

シリーズ F1 , FIA F2 , 編集長日記
ドライバー アントワーヌ ユベール
執筆者 赤井邦彦