コラム|耐久レースが迎えた転換期。IMSAテストで聞こえてきた新規定LMDh時代の“足音”
2023年1月に迫るIMSA開幕戦ロレックス・デイトナ24時間レースに先立ち、デイトナでは新導入のLMDh車両を迎えてのテストが行なわれた。耐久レース界に訪れた転換期の片鱗を現地で見た。
12月初頭、アメリカのデイトナ・インターナショナル・スピードウェイにアキュラ、BMW、キャデラック、ポルシェが一堂に会し、各陣営のLMDh車両走らせた。いよいよ耐久レースに新時代が近づいてきた感があるが、間近で感じられた彼らの“足音”を紹介しよう。
LMDh車両は、FIA世界耐久選手権(WEC)とIMSAウェザーテック・スポーツカー選手権(IMSA)共通のプロトタイプ車両規格。IMSAでは、最高峰クラスである「グランド・ツーリング・プロトタイプ(GTP)」に参戦が可能で、来年1月末にはロレックス・デイトナ24時間レースでLMDh車両たちの初陣が執り行なわれる。キャデラックとポルシェは今年からWECにも参戦することとなっており、100周年を迎える世界最大のスポーツカーレースであるル・マン24時間レースにも、トヨタやプジョー、フェラーリなどが投入するLMH車両と共に最高峰クラス「ハイパーカー」から走ることとなる。
まさに今、耐久レースの新たな時代が始まろうとしているのだ。
では、スポーツカーレースの未来はどうなっているのだろうか? そしてどのような音を奏でてくれるのか?
異なる視点から見ていこう。インディカー・シリーズに参戦し、BMWのドライバーとしてIMSAに出場するコルトン・ハータは、GTPクラスを次のように表現している。
「僕が好きなのは、コースを背にしてここに座っていても、どのクルマがやってきたのかが分かることだ」
「それが好きだ。本当に素晴らしいクラスだと思うし、才能あるドライバーやクールな自動車メーカーがたくさんいるんだ」
#10 Wayne Taylor Racing Acura ARX-06 GTP: Ricky Taylor, Filipe Albuquerque, Brendon Hartley, Louis Deletraz
Photo by: Michael L. Levitt / Motorsport Images
そのメーカーたちをひとつひとつ紹介していこう。ホンダの北米ブランド・アキュラが投入する『ARX-06』の特徴は、搭載される2.4リッターツインターボV6エンジンのアンチラグシステムがブレーキング時に奏でるヘリコプターのようなサウンドだ。他2台のターボエンジン搭載車からは、このような音は聞こえてこない。
不思議なのは、この音がコーナー出口でスロットルを開け始める段階まで続くこと。ターボをスプールさせるトラクションコントロールのような音となっているのだ。
ARX-06はオレカ製のシャシーをベースにした新設計車両だが、DPiクラス時代の先代『ARX-05』と非常に似た見た目をしている。
#25 BMW M Team RLL, BMW M Hybrid V8, GTP: Jesse Krohn, Augusto Farfus, Connor De Phillippi
Photo by: Michael L. Levitt / Motorsport Images
BMWのLMDh車両『MハイブリッドV8』もアキュラ同様にツインターボエンジンを搭載しているが、真に目を引くのはその見た目であろう。フロントは市販車との共通性を反映させたキドニーグリルを全面に押し出し、リヤのブレーキランプはY字が重なったようなファンキーな見た目となっている。
#7 Porsche Penske Motorsport, Porsche 963, GTP: Mathieu Jaminet, Michael Christensen, Nick Tandy.
Photo by: Michael L. Levitt / Motorsport Images
LMDh車両を真っ先に公開していたポルシェ。投入するマルチマチック製シャシー使用の『963』は、4.6リッターと大排気量のV8を搭載しているものの、BMWのMハイブリッドV8ほど低音が響くようなサウンドではない。特徴的なのは高速走行時のエアロホイッスル……フロア面で何らかの”マジック”が起きているようだ。
空気をフロントエンドからシャシーを通し、後輪へ流すその手法は、確かにWECのLMP1規定で力を発揮した『919』と似たところがある。
サーキットで観ていると、この963はとても洗練されているように見える。それはおそらく、この車両が最も多くのテストをこなしてきたからなのだろう。
#02 Chip Ganassi Racing Cadillac DPi: Earl Bamber, Alex Lynn, Richard Westbrook
Photo by: Michael L. Levitt / Motorsport Images
しかし、2023年のLMDh車両の中で、特にWECファンの耳を喜ばせるのはキャデラック『V-LMDh』であろう。5.5リッターの自然吸気V8とアメリカンなエンジンから発せられるサウンドは、まさに大地を揺らす雷鳴のようだ。
またその外見も特徴的で、スリークな見た目を持つライバル車両とは全く対照的に、角張ったボディーラインを持つ。ここにはキャデラックの市販車のデザインランゲージである”シャープ・クリース”が反映されている。
ただ、キャデラックのベースシャシー(IMSAではスパインと呼ばれる)はBMWと同じダラーラ製だということはここで指摘しておく必要があるだろう。
もちろん、全てのLMDh車両には共通のハイブリッド・システムが搭載されている。ここがメーカーにとっての大きな変化と言えるだろう。
各マシンに搭載されるエンジンには、Xtrac製のギヤボックスを介して、ボッシュ製の電気モーター・ジェネレーター・ユニット(MGU)やウイリアムズ・アドバンスド・エンジニアリング製のバッテリーが接続される。
ボッシュは統合マネジメントシステムも供給しており、後輪の制御に関してはブレーキ・バイ・ワイヤが重要な機能となっている。ドライバーにブレーキの感触を尋ねると、不安げな表情や反応が帰ってくる。パフォーマンス面だけでなく、将来的にはタイヤのダブルスティント化も検討されているなど戦略面でも今後の開発が必要なエリアであることは間違いない。
実際、DPi規定最終年を制し、2023年シーズンは新規定でタイトル防衛に挑むメイヤー・シャンク・レーシングのアキュラが、テストではターン1のブレーキングでリヤをロックし、オーバルに合流するところまでコースオフを喫するシーンも見られた。
#60 Meyer Shank Racing W/Curb-Agajanian, Acura ARX-06, GTP: Colin Braun, Tom Blomqvist
Photo by: Michael L. Levitt / Motorsport Images
コースサイドからLMDh車両の走りを観ていると、かつてのLMP1というよりも”DPi+α”といったパフォーマンスだった。ヘアピンの立ち上がりでポルシェの963がLMP2マシンを引き離すところを見たが、四輪駆動のポルシェ919やトヨタ『TS040』が見せていた低速からのロケットのような狂気的加速とは程遠いモノだった。
ただ、ピットレーンから67馬力の電気モーターで発進する姿はクールなモノだった。電気の力でピッドボックスまでたどり着いた車両は一連のピット作業を終えると、甲高いモーター音と共に勢いよく飛び出していく……そしてファストレーンをある程度進むと、キャデラックは特にアグレッシブに、一方ポルシェはかなりスムーズに、内燃エンジンから発せられるエキゾーストノートへと切り替わっていくのだ。
Porsche 963 LMDh
Photo by: Porsche
今回のテストではっきりしたのは、現時点では速さよりも信頼性が重要だということだ。確かに、”フロリダ36時間レース”は、デイトナやセブリングからのシーズン開幕としては過酷なモノではあったが……。
「誰もが同じルールで戦っている。そして誰かが必ず、ライバルよりも少しだけ深く理解している」
そう語るのはポルシェのドライバーであるデイン・キャメロンだ。
「でもこのデイトナ24時間レースに関しては、おそらく最も重要ではない要素になると思う」
「様々なメーカーが長距離テストにトライしてきた。我々も含め、あるところはかなり上手くいったし、あるところはそれほど運には恵まれなかった。でもある日突然、何かが起こることがある」
「ここ(デイトナ・テスト)では、それほどラッキーではなかったとは認めるよ。期待を裏切るようなコンポーネントはないけど、このクルマは信じられないほど複雑で、まだ未完成なんだ」
#10 Wayne Taylor Racing Acura ARX-06 GTP: Ricky Taylor, Filipe Albuquerque, Brendon Hartley, Louis Deletraz
Photo by: Michael L. Levitt / Motorsport Images
アキュラから参戦するリッキー・テイラーも次のように語っている。
「現時点では、このクルマで自分たちの天井を押し上げようとしているところだ。まだ知らないことがたくさんある。ホモロゲーションは取得しているから、今後4年間、あるいはそれ以上の期間のプロセスを通じて、学んでいきたい」
「DPiはどんどん速くなっていったが、それは学習と変化から生まれるモノだ。自分のリズムを見つけて、適応していく必要がある。調整が終わることなんてないんだ」
今はまだ、LMDh車両は”生まれたて”。学習曲線の底辺に近いところにいるように感じられる。
あるドライバーはトラブル解消のためには、特定のソフトウェアをすぐアップデートするのではなく、ハイブリッドシステム全体を再起動する必要があると語っていた。
デイトナのガレージを覗いてみても、忙しい機械的な作業よりも、マシンが復活するのを待つことの方が多いようだ。
#963 Penske Porsche 963
Photo by: Charles Bradley
「24時間以上走ったのだから、マシンは走れる状態だ」
そう語るのはポルシェLMDhプログラムを率いるウルス・クラトレだ。
「他のメーカーが行なったことは、記事で読んだ。それがデイトナでのレースでトラブルが起きないということを意味するのだろうか?」
「その答えは分からない。我々もまだ遭遇していないトラブルも隠れているはずだ」
ひとつだけ確かなことがあるとすれば、ランボルギーニとアルピーヌは1年後の2024年からのLMDh車両投入に向けて、信頼性面での動向を注視しているということだ。
私としては、この”成長痛”がスポーツカーレースの新時代をさらに面白くしてくれると考えている。
耐久レースは、時計の長針が1~2周するだけの平坦なスプリントレースではない。マシンと技術の試練であるべきだ。チェッカーまで走りきれるかどうかという技術の勝負が、我々を惹きつけてくれるはずだ。2016年のル・マン24時間レース、最終ラップの残り3分というところで勝利が手からこぼれ落ちたトヨタがそれを証明してくれている。
さて、来月のデイトナではこれらのマシンのうち何台が、フィニッシュラインを越えることができるのだろうか……。
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