【F1】ビルヌーブ「エクレストンがインディ分裂を手助けした」

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【F1】ビルヌーブ「エクレストンがインディ分裂を手助けした」
David Malsher
執筆: David Malsher
2017/01/17 10:13

1996年に袂を分かったIRLとCART。その分裂の黒幕は、F1の将来を案じたバーニー・エクレストンだったと、ジャック・ビルヌーブは考えている。

Jacques Villeneuve
Jacques Villeneuve
Race winner Jacques Villeneuve celebrates
Jacques Villeneuve, Schmidt Peterson Motorsports Honda
Jacques Villeneuve, Schmidt Peterson Motorsports Honda
Jacques Villeneuve, Venturi
Jacques Villeneuve, Schmidt Peterson Motorsports Honda
Jacques Villeneuve, Schmidt Peterson Motorsports Honda
Jacques Villeneuve, Schmidt Peterson Motorsports Honda
(L to R): Fernando Alonso, McLaren with Jacques Villeneuve
Jacques Villeneuve
Jacques Villeneuve
Jacques Villeneuve getting ready for practice

 1992年、全日本F3に参戦して総合2位となったジャック・ビルヌーブは、翌年米国に渡り、フォーミュラ・アトランティックに挑んだ。ビルヌーブは当時のことを思い起こし、ブームだったアメリカのシングルシーターレースに参戦し続ける可能性があると考えていたと言う。これは彼が先日、イギリスのバーミンガムで行われたオートスポーツ・インターナショナルのトークショーで語ったものだ。

 ビルヌーブ曰く、活況を極めていたインディカーを分裂させたのは、F1界のリーダーであるバーニー・エクレストンだったのではないかと考えているという。エクレストンはトニー・ジョージをCARTから引き抜き、ライバルシリーズであるインディ・レーシング・リーグ(IRL)の設立を手助けしたというのだ。

 結局、後にCARTは倒産し、それはIRLと合併する形で今のインディカーの基礎となった。

 ビルヌーブは次のように語った。

「当時の僕は、F1に参戦できたらいいなと思いつつ、おそらく残りのキャリアはアメリカで終わることになるだろうと思っていた。覚えているのは、ナイジェル・マンセルがインディカーに来て、インディカーが大きくなり始め、多くの観客を集めることができ始めていたということだ」

 当時のインディカー人気は凄まじく、メディアもファンも、こぞってインディを取り上げ、F1に迫る存在感を示し始めていた。

「それはバーニーを悩ませていたと思うし、彼はインディカーが分裂する手助けをしたと思う。そして、別々のカテゴリーが生まれることになった。それがインディカーが死んでしまった理由だ。なぜなら、当時のインディはF1の存在価値を損なう存在になり始めていたからだ」

「しかし、90年代半ばのその時点で、アメリカにいるのは素晴らしいことだったし、クルマも素晴らしかった。インディ500は、格別なものだったんだ。しかし、F1に行くことができないのは残念だと思っていた。F1は依然として特別なモノだったからだ」

 ビルヌーブはそのインディ500で1994年に2位になり、1995年には優勝を果たした。その際の経験に、今でも感銘を受け続けているという。

「平均速度は230mph(約370km/h)にもなり、コース上は混んでいて、命を危険に晒すことが未だに許されている場所にいる。20年前よりはいくらか安全にはなったが、グランドスタンドには50万人もの観客が陣取っているんだ。当時のイベントは、約3週間にわたって続いた。それを作り上げたこと、そしてそのエネルギーは、全く信じ難いものだった。それはローマ帝国の、円形闘技場のような感じだった」

「それは非常に特別なもので、世界で最も大規模かつ、最も重要なレースだった。F1のチャンピオンシップはそれよりも明らかに大きいが、ひとつのイベントとしてはインディ500が最大のものだった」

「僕はインディ500と共に育ってこなかった。僕はF1を見て大きくなってきたから、それが何を象徴しているのか、理解していなかったんだ。僕はそれを、(フォーミュラ)アトランティックでレースをするまで、考えることはなかった。人々は3週間、ほぼ毎日コースを訪れる。それには多くの情熱を必要とする。しかし、もしその内部にいたならば、それはただのレースでしかない。確かに素晴らしいドライバーがたくさんいたが、僕にとってはF1への足がかりでしかなかったんだ」

「しかし外から見た時、それを生き延びたことが素晴らしいことだったということを、まず第一に考えるだろう。そしてそれに勝つことができたならば、それを実現したこと、まだ存在していること、そして生きているということに意味があることがわかる。たとえそれが22年も前のレースだったとしてもだ」

 ビルヌーブは、インディ500での勝利がフランク・ウイリアムズからテストのオファーが舞い込む鍵になったと考えており、その後1996年にF1デビューする契約を結ぶことにつながったという。

「すべてが、インディ500に勝ったことで起きたことだ」

 そうビルヌーブは語る。

「その勝利は、僕が(F1の)テストの機会を得るのに役立ったと思う。なぜなら、(インディ500に勝ったことで)僕がプレッシャーをコントロールできることを証明できたからだ」

「スピードについては、ただ見つけなければならないということだけだ。しかし、ドライバーの心理面は、非常に理解しにくい。F1は、そういった”獣”なのだ。最高のF3ドライバーにはなれるかもしれない。最高のGP3だったり、GP2のドライバーにも、なれるかもしれない。しかし、それでF1でもうまくいくとは限らないのだ」

「多くのドライバーは、カートから様々なフォーミュラのカテゴリーに於いて、多くの勝利を得てきた英雄だ。しかし彼らがF1に上り詰めたとしても、そんなものは役に立たない! それどころか、平均的だったドライバーが、時にはF1で爆発するようなこともある」

「すべては心理面が作り上げるものだ。インディ500はその素晴らしいショーケースであり、それがフランク(ウイリアムズ)がリスクを回避するのを、助けたと思う」

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シリーズ IndyCar
ドライバー Jacques Villeneuve
執筆者 David Malsher
記事タイプ 速報ニュース