ヒュルケンベルグ、視線はF1からインディカーへ「F1という名の列車はもう出発してしまった」
ニコ・ヒュルケンベルグのF1キャリアは、下位カテゴリーでの圧倒的な成績には釣り合わない不運の連続だった。アストンマーチンのリザーブ兼テストドライバーとして過ごす彼は、インディカーでの初テストに際し、過去を振り返り未来について語った。
Nico Hulkenberg, Racing Point
Glenn Dunbar / Motorsport Images
ジュニアカテゴリーでの圧倒的な成績を携え2010年にF1へ昇格したニコ・ヒュルケンベルグのキャリアは不運の連続であったと言えよう。2019年を最後にレギュラードライバーのシートを失った彼は今、アメリカに視線を向けている。インディカーでの初テストに際し、これまでのキャリアを振り返り、未来の展望について語った。
F1からインディカーへと活躍の舞台を移した直近のドライバーと言えば、ロマン・グロージャンが挙げられる。2020年までハースで不遇のシーズンを過ごしたグロージャンは、2021年からデイル・コイン・レーシングでインディカーデビュー。ルーキーイヤーからポールポジション1回、表彰台3回と速さを見せ、来季からは名門アンドレッティ・オートスポートへの移籍が決まった。
ヒュルケンベルグは、グロージャンと同じ「F1からインディカーへ」というルートを辿るのだろうか。
月曜日、バーバー・モータースポーツパークで行なわれるドライバー評価テストにアロー・マクラーレンSPから参加したヒュルケンベルグは、新天地での第一歩を踏み出した。
現時点では、このテストの目的はヒュルケンベルグがインディカーを体験し今後の参戦に向けた判断材料にすることであった。
しかし、アロー・マクラーレンSPからテストを行なうことは大きなチャンスでもある。というのも、現在2台体制のチームは来季から3台体制へ拡充することを検討しており、レギュラードライバーであるパトリシオ・オワードとフェリックス・ローゼンクヴィストと共に、パートタイマーとしてヒュルケンベルグを走らせる可能性があるのだ。
ヒュルケンベルグのテストが成功に終わり、チームの商業的かつ輸送能力的にも3台目のエントリーが理にかなっていれば、両者にとって大きなチャンスとなる。
仮にヒュルケンベルグがアロー・マクラーレンSP入りを果たせば、2021年シーズンでオワードが2勝を挙げドライバーズランキングで3位になったように、F1では手にできなかった表彰台や勝利、そしてシリーズタイトル獲得が目指せるマシンを彼は手に入れることになる。
そしてチーム側としても、ユーロF3やGP2(現FIA F2)などF1までのジュニアカテゴリーで他を圧倒したドライバーを獲得することになる。ウイリアムズからのF1昇格後、フォースインディア(現アストンマーチン)やザウバー(現アルファロメオ)、ルノー(現アルピーヌ)を渡り歩いたヒュルケンベルグは、ポールポジション1回とファステストラップ2回を記録。10年というF1キャリアの中で、ヒュルケンベルグはリードラップの経験もあるが、F1で真に競争力のあるマシンに恵まれる機会はなかった。
一方、ポルシェからスポット参戦した2015年のル・マン24時間レースでは『919ハイブリッド』を駆り総合優勝。その多才ぶりを存分に発揮した。
Hulkenberg's biggest win so far is the 2015 24 Hours of Le Mans for Porsche along with Nick Tandy and Earl Bamber.
Photo by: Eric Gilbert
F1の舞台でヒュルケンベルグの実力を見てきたマクラーレンとしても、テストの目的はドライバーの査定ではなかった。現在マクラーレンF1チームの代表を務めるアンドレアス・ザイドルは、以前ポルシェのLMP1プログラムを牽引。ヒュルケンベルグがル・マン24時間レースを勝った際にも指揮を採っていた。
ヒュルケンベルグは2019年末にレギュラードライバーのシートを失ったものの、2020年のイギリスGPに新型コロナウイルスに感染したセルジオ・ペレス(現レッドブル・ホンダ)の代役として急遽レーシングポイントからF1復帰を果たした。
マシントラブルによって決勝出走は果たせなかったものの、同じシルバーストン・サーキットで開催された翌戦F1 70周年記念GPでは予選3番手を獲得、決勝では7位入賞を果たした。また、ペレスのチームメイト、ランス・ストロールもアイフェルGPを前に感染が確認され、ヒュルケンベルグが3度目のチャンスを掴んだ。決勝では8位入賞を果たし代役ながらもチームにポイントをもたらした。
ヒュルケンベルグは、今季はアストンマーチンのリザーブドライバーを務めているが、ここまで代役出走の機会はない。それ以外でのレース活動をしていないことから、彼は家族との生活に多くの時間を割けている。彼の妻イーグルとの間には先日第一子が生まれたばかりだが、彼がフルタイムの専業主夫になることはないだろう。
F1での可能性がない以上、ヒュルケンベルグがアメリカへ渡りインディカーに活路を見出す可能性は大きい。
「そこに行ってまた走れるんだから、もちろんワクワクしているよ」とインディカーでの初テスト前にヒュルケンベルグは語っていた。
「おそらくもう1年くらいはレーシングマシンに乗っていないと思う。去年のアイフェルGP……あのクレイジーな代役参戦以来だね!」
「ワクワクしているし、僕の身体はまだ良いラップを刻めるはず。今回のテストは(インディカーの)マシンについて知ることが目的だ。ここ数戦のレースを見ているけど、やっぱりシングルシーターのレースが僕は好きだ。見るからにF1に乗ることは実現しそうにないから、次善の策を探すワケだ。インディカーは確実に面白いね」
先述の通り、F1からインディカーへと渡ったグロージャンはルーキーイヤーから優勝争いに加わるレースを展開。彼より先にF1から転向したマーカス・エリクソン(チップ・ガナッシ・レースング)は参戦2年目となる2021年シーズンで2勝を挙げた。いずれもF1で苦しいシーズンを過ごしたことから、インディカーでの上位争いを楽しんでいることは誰の目にも明らかだった。
グロージャンはヒュルケンベルグの1歳年上と、年齢的にもかなり近い。ただ、ヒュルケンベルグとしてはグロージャンから特別なインスピレーションを得たワケではないと語っている。
「いや、そうじゃない。ロマンではないよ。できる限り高いレベルでシングルシーターのレースを戦いたいという僕の願望から来たモノだ。インディカーのマシンはとってもカッコいいし、レース自体も良い。とても楽しそうに見えるんだ」
今回のテストの目的はヒュルケンベルグがインディカーを知ることにあった。ただ、インディ500が行なわれる5月以降にマクラーレンが3台目のエントリーを行なうという予想が、このテストへの興味を掻き立てるのも事実。果たしてヒュルケンベルグには2022年にインディカーへ乗る準備はできているのだろうか?
「できていると思う。適切な状況にいられるなら、答えはイエスだ」と彼は質問にそう返答した。
「でも僕が決定を下せるワケじゃない。どれだけのマシンを参戦させられるかは、チームの判断だ。でも、走る前に話し合いをする必要はある。テストをしたらもっと知れるはずだから、そのあとにまた膝を突き合わせて話をするつもりだ」
また、彼の家族もアメリカへ移る用意はできているという。
「赤ちゃんがいる時なら、引っ越ししやすい」と彼は言う。
「子どもを転校させたりする必要がないから、今がその時だね」
ヒュルケンベルグにインディカーへ視線を向かせたその要因は、F1のグリッドに戻るチャンスがないことを受け入れたからだ。その一方で、ピンチヒッターとしてアストンマーチンのみならず、多くのF1チームから求められる存在ではある。
しかし、最後のフルシーズンとなった2019年から時間が立つに連れ、リザーブドライバーのリスト上位に位置する彼の地位は下がっていくことになる。
「察しの通り、現実的にならなきゃね。今の状況を考えると、(F1という名の)列車はもう出発してしまったのかもしれない。しょうがないことだ。もちろん、ドライバーとしては決定のプロセスの一部を担うワケだけど、最終的にはF1チームがその決定を下すんだ。中には(ドライバー選択の)センスや判断力に疑問が残るチームもある」
「でもまあ、今のF1は少し面白い状況にある。トップ10、あるいは上位12人はかなりレベルが高いし、真の意味で一流のドライバーだ。でも下半分は、以前ほどレベルが高くない。原因は他にもあるけど、僕からするとそれを目にするのは少し悲しいし残念でもある。仕方のないことだけどね」
2020年のアイフェルGPがヒュルケンベルグのF1ラストレースとなれば、ユーロF3やA1 GP、GP2で大きな成功を収めながらもF1で大成することができなかった”グレイテスト・ルーザー”のひとりとして名を刻むことになる。
彼はレースに勝てるだけのマシンを手にすることはなかった。事実、ドライバーズランキングで7位を獲得した2018年シーズンでさえ、表彰台に登ることはなかった。
これまで下してきた選択に後悔はないのだろうか?
「常にもっと良い選択ができたとは思う」とヒュルケンベルグは答えた。
「後悔先に立たず……僕はそれをずっと引きずるような性格じゃない」
「もっと違うやり方があったかもしれない。実際、キャリアの最初の方で違う道に進めたかもしれない。もちろん、そうしたことから学びを得てもいる。でも、もう済んだことだ」
「だから、正直言ってあまり後悔していない。僕は良い時間を過ごせたよ」
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