ハリウッド的なノスタルジーだけじゃない。そこには愛がある……フォードのル・マン総合優勝再挑戦が理にかなっている理由とは?
フォードが2027年からLMDh車両でル・マン最高峰クラスに復帰することを発表したことで、スポーツカーレース界はさらなる盛り上がりを見せている。かつての成功はハリウッド映画として語り継がれているが、レガシーは復活の要因のひとつに過ぎない。
Ford Performance Season Launch with Bill Ford and Jim Farley
アメリカのル・マン24時間レースへの情熱は、今も燃えたぎっている。フランスのサルト・サーキットでイタリアの跳ね馬を食い破ったフォードの活躍は、長く第一線から退いた後も60年以上語り継がれてきた。
そして1月30日(日本時間31日)、フォードは2027年からLMDh規則に基づくプロトタイプカーでル・マンの最高峰へ復帰することを発表。1960年代に4連覇を達成した時の成功を再現することを目指している。
そのレガシーはフォードのル・マン復帰の要因のひとつだが、単なるノスタルジーで下された決断ではない。
フォード創業家のビル・フォード会長は、同社にとってル・マンはどのレースよりも重要な意味を持つ1戦であると位置づけている。F1を含め多くのモータースポーツで成功を収めてきたメーカー、エンジンサプライヤーとしては、かなり大胆な発言だが、これはル・マンが現在の経営陣の精神にいかに深く刻み込まれているかを示している。
フォードGT投入初年度となった2016年のGTE Proクラス優勝を思い出せば、それがよく分かる。ブルース・マクラーレンとクリス・エイモンが駆るシェルビー・アメリカン運営のGT40 Mk.2が1966年に初優勝を飾ってから50年という節目に、フォードはクラス優勝に躍起になっていた。フェラーリとバトルを繰り広げた際に、レースリーダーの電子パネルが作動していなかったことを、フォード幹部がレースコントロールまで文句を言いに出向いたという話は、ほぼ間違いなく事実だ。
フォードはGTE Proクラス連覇こそ逃したが、プログラム最終年2019年には、4台のエントリーのうち3台が1960年代のマシンをオマージュしたレトロカラー、4台目は2016年にクラス優勝を果たした際のカラーで走り、自らの歴史に華を添えた。
偶然にも、2019年にはハリウッド映画『フォードVSフェラーリ』の公開年。40年前に果たしたル・マンでの成功の背景にあるストーリーを、例えモータースポーツに詳しくなかったとしても、映画を観た後にはみんなが知っていた(少なくともハリウッド版のストーリーは)。
ただ、フォードはル・マンで常に成功を収めてきたわけではない。LMDh車両で参戦すると発表した際、フォードGTのGTEクラスや現在マスタングGT3で参戦しているLMGT3クラスを引き合いに出し、1969年以降、一度もル・マンの総合優勝には挑んでいないと示唆していた。しかし、それは正しくない。
フォードは2019年、4台のGTのうち3台にレトロなカラーリングを施し、ル・マンでの歴史を強調した。
写真: JEP / Motorsport Images
1982年に一度だけフォードは、ル・マンにC100でファクトリー参戦を果たし、1975年ウィナーのガルフ・ミラージュGR8グループ6ロードスターとロンドーM379Bクーペにはフォード・コスワースDFVが搭載されていたことは都合よく見逃された。
スポーツカーレースは、全体的にグリッドが脆弱でル・マンの観客動員数が少なかった1970年代半ばから後半、フォードGTのレースプログラムが2019年で終了した時と比べると、今ははるかに強固な基盤が築かれた。私が30年以上にわたって追いかけてきたこのスポーツは、上昇傾向にある。
フォードは、現在参戦契約を結ぶメーカー全てが2027年まで継続することが前提ではあるものの、世界耐久選手権(WEC)のハイパーカークラスに参戦する10番目のメーカーとなる。
フェラーリだけでなく、ポルシェ、BMW、トヨタなどとも再びバトルを繰り広げることで、フォードがル・マンの歴史に再び名前を刻むのに、これ以上の方法があるだろうか? さらにLMDh車両を開発することで、フォードは母国アメリカのIMSAスポーツカー選手権にそのまま参戦することができる。
フォードは昨年、LMGT3クラスでル・マンに復帰し、パートナーチームのプロトンとともに表彰台を獲得。 そして今回、ハイパーカークラスのトップメーカーに挑む。
写真: Alexander Trienitz
ル・マン5勝目を目指すフォードの発表には、IMSA参戦についての言及はなかった。サルト・サーキットへの回帰というメッセージを薄めたくなかったようだ。声明には詳細が記されていなかったが、WECの重要人物3名、つまりル・マン主催者である西フランス自動車クラブ(ASO)のピエール・フィヨン会長、FIA耐久委員会のリシャール・ミル委員長、そしてWECのフレデリック・ルキアンCEOの言葉があった。これは重要なことだ。
しかし、同時にこれはフォードがLMDh車両を“裏庭”で走らせることも意味している。ひょっとすると初年度の2027年には実現しないかもしれないが、翌シーズンからは間違いなくIMSAの最高峰クラスでもその姿が見られるだろう。
1980年代のマスタングやプローブGTP IMSAレーサー、最近では2015年にチップ・ガナッシ・レーシングとタッグを組みデイトナ24時間レースで勝利を収めたエコブースト・デイトナ・プロトタイプエンジンプログラムなど、結局のところ、フォードはヨーロッパよりも北米の最高峰スポーツカーシリーズでより多くの歴史を持っている。
WECとIMSAの両方で同じマシンを走らせることができるというのが、現在のスポーツカーレースをメーカーにとって魅力的なモノにしている。ル・マン、デイトナ、セブリング12時間といった全てのビッグレースで総合優勝を争い、ふたつの主要耐久シリーズでチャンピオンを狙うことができる。その二面性こそ、私がスポーツカーレースの黄金時代と呼ばざるを得ない基盤を作っている。陳腐な表現だが、これ以上の言葉はない。
フォイトとガーニーは1967年にGT40でル・マンを完全制覇。果たしてフォードは、60年後の2027年にそれを再現できるだろうか?
写真: Motorsport Images
旧LMP1のような、ポンド、ユーロ、ドルなど関係なく1億をはるかに超える予算を必要とする時代は過去のモノとなった。プジョーがグループCカーの905でル・マンを2度制した30年前よりも、現在の方が予算は少ないと、事情を知る人物からは聞いたことがある。それだけ、現在のスポーツカーレースはコストパフォマンスに優れている。
フォードがWECハイパーカークラスやIMSA GTPクラスのプロジェクトを以前から検討していたことは知られており、既にグローバルなモータースポーツ活動を展開している彼らにとって、スポーツカーレースの頂点に立つプログラムを追加するというのは当然のこと。2026年にはレッドブルのパートナーシップを通じてF1への参画も再開する。
しかしフォードの決断にはスプレッドシートの数字以上のモノがある。1960年代の栄光を再び呼び覚まそうとするル・マンへの復帰には魅力がある。それは間違いなく愛と呼べるモノだ。
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