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ロッシの“6連続タイトル”阻んだ? トニ・エリアス「彼は今も僕を許していない」

元GPライダーのトニ・エリアスは、2006年のポルトガルGPでバレンティーノ・ロッシを破って勝利し結果的にタイトル獲得を阻止した事を、ロッシは今も忘れていないだろうと語った。

Podium: Race winnner Toni Elias, Fortuna Honda, second place Valentino Rossi, Yamaha, third place Ke

 2006年のMotoGPはバレンティーノ・ロッシ(当時ヤマハ)とニッキー・ヘイデン(レプソル・ホンダ)がタイトルを激しく争い、最終的にわずか5ポイントの差でヘイデンが悲願のタイトルを獲得。ロッシの6年連続タイトル獲得はならなかった。

 ロッシとヘイデンの争いにおいて決定的なシーンは、最終戦バレンシアGPでのロッシの転倒以外にもある。それはバレンシアGPの前戦、ポルトガルGPでロッシがトニ・エリアス(フォルトゥナ・ホンダ)に破れた場面だ。

 ポルトガルGPではエリアスがわずか0.002秒の僅差でロッシを破って勝利。ロッシは2位となり、5ポイントを失った。これは奇しくもロッシとヘイデンの最終的なポイント差と同じであり、仮にロッシがポルトガルGPで勝つことができていれば、バレンシアGPでの転倒が避けられなかったとしても、勝利数の差でロッシにタイトルが転がり込んでいたのだ。

 エリアスは当時から14年が経った今でも、ロッシはポルトガルGPでの敗北を忘れていないと考えている。

「毎年オースティンでバレンティーノと会うけど、心の中では今も僕のことを許していないと分かったんだ」

 エリアスはスポーツチャンネルDAZNに対してそう語った。

「もう終わったことで、友人になる時が来ているけど、それは不可能だった。彼はとても競争心が強いから、それにとらわれているんだ。絶対に僕のことを許さないだろうね」

「僕にとっては逆なんだ。僕はあの日彼に勝ったけど、彼の事は最近まで歴代最高のライダーだと思っていた。なぜ最近までかといえば、今のベストライダーはマルク・マルケスで、彼はバレンティーノを越えると思っているからだ」

 ポルトガルGPでのエリアスの勝利は、彼のMotoGPでの唯一の勝利となった。所属するグレシーニは2007年に、エンジン排気量の上限が990ccから800ccに変更されて以降は苦戦が続いた。

 エリアスはその後4回の表彰台を獲得している。グレシーニで2回、プラマックで2回だ。2010年にMoto2クラスに移ったエリアスは初代チャンピオンとなっている。

 そして2011年には再びMotoGPクラスへと戻りLCRホンダから参戦したが、苦しいシーズンを過ごし、最高峰クラスから身を引くことになった。

 自身唯一となったポルトガルGPでの勝利を回顧したエリアスは、ミシュランが新たに供給したタイヤによって助けられたと語っている。しかしプライベートチームとファクトリーチームの差には怒りを覚えたという。

「ミシュランは決勝日のレースに向けて新しいタイヤを持ち込んだ。そして僕はペースをコンマ7秒改善して優勝を争うことができた」

「ミシュランの助けには感謝している。けれどより柔らかい構造のそのタイヤは、シーズンを通じてトップライダーが使用していたものだ。それがシーズンラスト2戦となったところで僕たちに与えられたと分かって、とても腹がたった」

 最高峰クラスでのプライベートチームの勝利は、エリアスの優勝以降しばらく見られなかった。2016年オランダGPでジャック・ミラーが久々の優勝を収めるまで、約10年かかっている。

「サテライトチームのライダーが世界選手権を勝つことは絶対に起こらない。政治だよ」と、エリアスは言う。

「不可能なんだ。ファクトリーチームのスポンサーには都合が悪い。たとえファクトリーと契約していて、同じパーツや素材を供給されていたとしても、それは決して起こらないだろう。僕はそういう世界を生きてきた」

「いつの日か、(LCRホンダの)カル・クラッチローが引退したら、彼は今の僕のように話すことができるようになる。そして彼はファクトリーと同じマシンを一度も持っていなかったと説明できるだろう」

 

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Photo by: Gold and Goose / Motorsport Images

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