『世界のレーシングカー博物館探訪記』:第2回 “デザイン”のヤマハを感じる? ヤマハ・コミュニケーションプラザ

世界中に存在する、レーシングカーを扱った博物館……有名どころからマイナーどころまで、“趣味”が高じて世界150箇所以上のミュージアムを訪れてきたモータースポーツジャーナリストが、その魅力を紹介する連載企画第2回。今回は“デザイン”のヤマハとしても名高い、ヤマハ発動機の企業博物館をご紹介。

『世界のレーシングカー博物館探訪記』:第2回 “デザイン”のヤマハを感じる? ヤマハ・コミュニケーションプラザ

 これは自動車博物館に限ったことではないけれど、博物館や美術館では感情移入することでより愉しみが深くなる。例えば自動車博物館だと、そのクルマが現役だったころのバックグラウンドをイメージしながら見て回るのだが、ついつい立ち止まってしまう。

 実際に体験していなければ、単なる懐古趣味とは違うのだが……例えば岡山の実家に初めてやってきたクルマは初代パブリカ700(UP10)の中古だったが、博物館でUP10を見つけると、当時の想い出が湧き出てくる。レーシングカーだったら、そもそもが思い入れを持って応援していたから、その傾向はさらに強烈になる。

 高校生の頃からモータースポーツ専門紙の地方レポーターとしてレースを取材し、そのまま件のモータースポーツ専門紙の編集部に就職したのだが、同じフロアの隣の島に2輪スポーツ誌の編集部があり、クルマだけでなくバイクの情報もますます増えていくことになった。実は高校時代には、友人とともにバイクにも興味があったから、2輪スポーツ誌編集部の面々ともすぐに昵懇の関係となった。

 そして後で触れるが、白地に赤のストロボ・ラインの入ったヤマハカラーから発展した、黄色地に黒のストロボ・ラインが入った、まるでダンロップカラーのような“キング・ケニー”の愛機にも、後で振り返ってみれば随分と思い入れがあったのだろう。今回紹介するヤマハ・コミュニケーションプラザで出会ったとたん、想いが爆発したのだった。


 前回、国内にある博物館で、世界的に見てもF1マシンを数多く収蔵している博物館として栃木県茂木町のツインリンクもてぎ内にあるホンダ・コレクションホール(HCH)を紹介したが、今回は、ロードレースからモトクロス、トライアルまで、2輪のレース車輌を数多く収蔵展示しているヤマハの企業博物館、ヤマハ・コミュニケーションプラザを紹介していこう。

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 静岡県磐田市にあるヤマハ発動機の本社ビルに併設されたヤマハ・コミュニケーションプラザは、1998年に開設されている。奇しくも前回紹介したHCHと“同い歳”ということになる。

 ヤマハは、楽器メーカーのヤマハ(当時は日本楽器製造)の2輪車部門として誕生し、1954年に“赤トンボ”の愛称で知られる商品第一号、YA-1をリリース。翌55年にはヤマハ発動機として独立している。そして同じく浜松圏を発祥とするホンダ(本田技研工業)と切磋琢磨しながら成長発展を続け、現在ではホンダに次ぐ、世界第2位の2輪車メーカーとなっている。

1955_Yamaha YA-1 1st Asama Kogen Race Specification (Replica)

1955_Yamaha YA-1 1st Asama Kogen Race Specification (Replica)

Photo by: Ryo Harada

 そんなヤマハが創立40周年事業の一環として開設した企業博物館がヤマハ・コミュニケーションプラザ。HCHも『博物館』の名を持っていないが、それでもコレクションホールのネーミングからは数々の(自社)製品を収蔵展示していることはイメージできる。しかし、ヤマハの場合は『コミュニケーションプラザ』だから、少しばかり趣が異なっている。もっともインターネットで“ヤマハ、博物館”で検索すれば最初にヒットするのがコミュニケーションプラザであるから、博物館好きが迷うことはないのだけれど……。

 コミュニケーションプラザは当初、社内向けの施設として開設されている。「ヤマハ発動機グループの社員が、当社の企業理念や長期ビジョン、そして過去・現在・未来を語り合う『場』として、その内容と活動の充実を図るために、全員が積極的に参画し、成長・発展させていくコミュニケーション施設」というのが当時のコンセプトだったようだ。

 一般に公開する企業博物館となった現在でも、『コミュニケーションプラザは、その過去、現在、そして未来を解き明かすスペース。“コミュニケーション”をキーワードに、ヤマハ発動機の製品を愛するお客さまをはじめ、お取引先の方々、ヤマハ発動機グループの社員と情報交換、交流することで、ともにスキルを高め合うこと』をコンセプトとしている。とまあ、少し堅苦しい解説となったが、乗り物好きやバイクファンにとって、ヤマハ・コミュニケーションプラザが楽しい博物館であることに変わりはない。

 コミュニケーションプラザは、本社ビルに向かって右手、エンジンのシリンダーを模したとされる円筒形のデザインが特徴的な“別館”に展開されている。

 エントランスに入ると右手前方にはシンボルゾーンとして、ヤマハがこれまで生みだしてきた、代表的な製品が展示されている。当初は、第一号商品となった125㏄のロードバイクYA-1“赤トンボ”と、トヨタと共同で開発した国産初のグランツーリスモ、トヨタ2000GT。そして、“プレジャーボートのヤマハ”の祖となったFRP製プロダクションボートのHIFLEX(ハイフレックス)-11が展示され、ヤマハの広範囲な企業活動をアピールしていた。

1992_Jordan 192/Yamaha OX99
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写真:: Ryo Harada

1997_Yamaha V10 Formula 1 Engine Type OX11A for Arrows
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写真:: Ryo Harada

1997_Yamaha V10 Formula 1 Engine Type OX11A for Arrows
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 2015年に大幅なリニューアルを受けた後は2000GTとLEXUS LFA、新旧2台の日本を代表するグランツーリスモが訪問者を出迎えてくれるスタイルに手直しされている。右手に進むと製品展示エリアとなり、新旧様々なバイクが所狭しと並べられ、またバイクだけでなくレーシングカートやプレジャーボート、そしてROV(Recreational Off-Highway Vehicle)と呼ばれる4輪バギーなども展示されている。

2017_Yamaha YXZ1000R SS SE ROV

2017_Yamaha YXZ1000R SS SE ROV

Photo by: Ryo Harada

 また2輪関連のコンセプトモデルや技術展示も数多く、バイクファンにはお奨め。4輪レースファンにとってはヤマハが開発したOX99エンジン(5バルブDOHCのV12)を供給したジョーダン・グランプリのテスト用F1マシン、ジョーダン191Y・ヤマハも見逃せない。

 2階に上がるとコミュニケーションプラザ最大の魅力である競技車両の展示が広がっている。2輪4輪を問わず現在ではスポンサーカラーに塗られたマシンが殆どとなっているが、かつてはメーカー独自のカラーリングがあって、ヤマハではホワイトをベースにレッドのスピード・ブロック・ストライプ、通称“ストロボ・カラー”が有名だ。

1978_Yamaha YZR500(0W35K)
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写真:: Ryo Harada

1965_Yamaha RD56
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1973_Yamaha TY250 Competition Spec
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写真:: Ryo Harada

1975_Yamaha YZR500(0W23)
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写真:: Ryo Harada

1985_Yamaha FZR750(0W74)
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写真:: Ryo Harada

1986_Yamaha YZR500(0W81)
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写真:: Ryo Harada

1987_Yamaha YZ125M
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写真:: Ryo Harada

1988_Yamaha YZM500(0W83)
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2002_Yamaha YZR500 Tandem Spec
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写真:: Ryo Harada

2002_Yamaha YZR500 Tandem Spec
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写真:: Ryo Harada

2015_Yamaha YZR-M1
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写真:: Ryo Harada

1955_Yamaha YA-1 1st Asama Kogen Race Specification (Replica)
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写真:: Ryo Harada

2017_Yamaha YXZ1000R SS SE ROV
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写真:: Ryo Harada

 2輪免許を取得しないまま“卒業”して4輪に進級していたこともあり、ヤマハ=赤のストロボカラーが刷り込まれていたせいか、ケニー・ロバーツが操ったイエロー・ベースに黒いストロボ・ストライプが走る“USインター・カラー”には驚かされた。

 4輪のモータースポーツを齧っていたことで多少なりとも知識があり、ダンロップのイメージカラーであるイエローとブラックのカラーリングをダンロップカラーと勘違いしていたのも、今では恥ずかしながらの想い出話となったが、“キング”ケニーの走りが鮮烈だった。そんな思い出に浸ることができたヤマハ・コミュニケーションプラザ。2輪ファンならぜひ一度、訪問することをお奨めする博物館だ。


【施設情報】ヤマハ・コミュニケーションプラザ

公式サイト https://global.yamaha-motor.com/jp/showroom/cp/

所在地:静岡県磐田市新貝2500

開館時間:公式サイト参照

料金:無料

 

 

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