【ギャラリー】諸行無常。今はなきMotoGP参戦15チーム……あなたは覚えていますか?

ロードレース世界選手権の500ccクラスは、2002年にMotoGPクラスへと再編された。以後、多くのチームが参戦し、そして消えていった。

【ギャラリー】諸行無常。今はなきMotoGP参戦15チーム……あなたは覚えていますか?

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カワサキ・レーシングチーム
カワサキ・レーシングチーム
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写真:: Gold and Goose / Motorsport Images

日本のバイクメーカーの一角であるカワサキ。彼らは2002年のパシフィックGP(もてぎ)からMotoGPに参戦。2004年には中野真矢が表彰台を獲得するなど、徐々に戦闘力を増して行った。しかし2008年に発生したリーマンショックによって同年をもってMotoGPから撤退。2009年はZX-RRをハヤテ・レーシングチームに供給する形で関わりを持った。
フォワード・レーシング
フォワード・レーシング
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写真:: Bridgestone Corporation

フォワード・レーシングは、ハヤテ・レーシングチームの流れを汲むチームだ。MotoGPパドックでマーケティング代理店などを営んでいたメディア・アクションがハヤテ・レーシングチームの人材や資材を引き継ぎ、Moto2クラスに参戦を開始した。2012年にCRTレギュレーションの下でMotoGPクラスにステップアップし、2015年まで参戦した。以降はMoto2クラスに注力している。
ワールド・チャンピオンシップ・モータースポーツ(WCM)
ワールド・チャンピオンシップ・モータースポーツ(WCM)
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写真:: Gold and Goose / Motorsport Images

WCMはアメリカ人のバイク愛好家ボブ・マクリーンとモーターサイクルジャーナリストのピーター・クリフォードによって創設された。1992年からロードレース世界選手権の500ccクラスに参戦を開始し、2005年まで参戦を続けた。2006年はビモータ製のエンジンを搭載して参戦すると見られていたが、結局それは叶わなず撤退することとなった。
Team KR
Team KR
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写真:: Gold and Goose / Motorsport Images

ロードレース世界選手権の500ccクラスで3年連続でチャンピオンに輝いたケニー・ロバーツが率いたチーム。1983年で現役を退いたロバーツは、チームロバーツを立ち上げ250ccクラスに参戦。1997年からはチームKRとして最高峰クラスへの挑戦を開始し、2007年まで参戦した。日本の青木宣篤も同チームで2002年から2004年まで参戦した。
グループ・フランシスコ・エルナンド(オンデ2000チーム)
グループ・フランシスコ・エルナンド(オンデ2000チーム)
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写真:: XPB Images

スペインの建設業者が立ち上げたチーム。2008年に125ccクラスに参戦し、2009年からセテ・ジベルナウを起用してMotoGPクラスに参戦を開始した。しかし6戦を終えた段階で、不況に端を発する財政問題によって撤退した。
ジャパン・イタリー・レーシング(Team JiR)
ジャパン・イタリー・レーシング(Team JiR)
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写真:: JiR

ジャンルカ・モンティロンが設立し、2005年にコニカミノルタ・ホンダチームとして参戦を開始したチーム。2008年にはアンドレア・ドヴィツィオーゾがランキング5位を獲得したが、2009年にホンダのマシンを使用する権利が得られず、同年で最高峰クラスから撤退した。
カルディオン・AB・モーターレーシング
カルディオン・AB・モーターレーシング
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写真:: Cardion AB Motoracing

チームオーナーは2019年までMotoGPに参戦していたカレル・アブラハムの父。2006年にアブラハムは同チームから125ccに参戦。2011年から2015年まで最高峰クラスを戦った。
ポールバード・モータースポーツ
ポールバード・モータースポーツ
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写真:: Bridgestone Corporation

イギリスのレーシングチームであり、ブリティッシュスーパーバイク選手権で長年に渡って活動している。MotoGPがCRT時代となると、2012年に参戦を開始したが2014年限りでMotoGPから撤退した。
イオダ・レーシングプロジェクト
イオダ・レーシングプロジェクト
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写真:: Bridgestone Corporation

ジャンピエロ・サッチが立ち上げたレーシングチーム。2012年にCRTレギュレーションの下、MotoGPクラスへの挑戦を開始し、2015年まで参戦した。
スピードマスター
スピードマスター
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写真:: Bridgestone Corporation

2012年にマッティア・パッシーニがCRTレギュレーションの下、MotoGPクラスに参戦した
ポンス・レーシング
ポンス・レーシング
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写真:: Gold and Goose / Motorsport Images

250ccクラスで2度の王者となったシト・ポンスが代表を務めたチーム。1992年から500ccクラスに参戦を開始し、2005年まで最高峰クラスを戦った。“キャメル・ホンダ”での玉田誠の勝利が印象深い人も多いだろう。
マルクVDS
マルクVDS
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写真:: Gold and Goose / Motorsport Images

ベルギーを本拠とするルク・ヴァン・デル・シュトラテンがオーナーを務めるレーシングチーム。Moto3、Moto2クラスへの参戦を経て2015年からはMotoGPクラスにも参戦を開始した。しかし2018年にオーナーとチームマネージャーの間で争いが発生し、最終的にMotoGPクラスから撤退する結末となってしまった。
アスパー・チーム(アンヘル・ニエト・チーム)
アスパー・チーム(アンヘル・ニエト・チーム)
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写真:: Gold and Goose / Motorsport Images

4度の世界王者ホルヘ・マルティネスが立ち上げたチーム。2010年からMotoGPクラスへ参戦を開始した。2018年はスペインの伝説的なライダーのアンヘル・ニエトの死去を受け、チーム名をアンヘル・ニエト・チームに変更していた。同チームの参戦枠は、2019年から参戦を開始したペトロナス・ヤマハSRTが引き継いでいる。
イルモアGP
イルモアGP
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写真:: Gold and Goose / Motorsport Images

イルモア・エンジニアリングが2006年にMotoGPに参戦した際のチーム。ギャリィ・マッコイが最終2戦に出場した。しかし2007年の第1戦を最後に活動を休止した。
パドック・グランプリ・チーム・マネジメント
パドック・グランプリ・チーム・マネジメント
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写真:: Hazrin Yeob Men Shah

パドック・グランプリ・チーム・マネジメントは、ダニエル・エップがオーナーを務めたレーシングチーム。250ccクラスなどに参戦していたが、2010年からMotoGPにも参戦を開始。ライダーは250ccクラス王者の青山博一だった。しかし同チームの参戦は2010年の1年限りとなった。

 

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